小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

2011-01-01から1年間の記事一覧

狂二 Ⅲ 断崖編 その26

2010年3月31日午前11時20分 南紀新報から教えてもらったその雑居ビルは、 図書館と直線距離にしてわずか400メートルもなかった。 だが、一方通行が多く、ここでも何往復かを余儀なくされた。 (コインパークにそのまま停めて歩いてきた方が早…

狂二 Ⅲ 断崖編 その25

2010年3月31日 午前10:10分 探偵事務所所長、佐々木淳一は大阪府警刑事時代から、 初めて訪れる市や町の場合、時間さえ許せばその町の図書館へまず立ち寄るようにしていた。 退職後、探偵仕事で地方都市に行く機会が増え、その習性はかなり役に…

狂二 Ⅲ 断崖編 その24

2010年3月31日 AM6:20 白浜冷凍、事務所のガラス窓を叩きつける雨音で、栗原は目覚めた。 風も強いのか、電線の唸り声も結構大きい。 真っ先に気になったのは、新社長だ。この風雨は凌げているのだろうか・・・ まさか、屋外で野営とかじゃねえ…

狂二 Ⅲ 断崖編 その23

2010年3月30日 21:20 「今日は何日だったっけ、日本時間で」 男が言った 。。。。はてさて、何日だっけ。 浩二もふと考え込んでしまった。 大阪を出るとき、まさかそびえたつ崖に囲まれただけの海辺で 夜を迎えようとは、夢にも思わなかった。 …

狂二 Ⅲ 断崖編 その22

2010 3月30日 18:30 紀伊田辺駅前 雑居ビルの玄関ホール。 男は、古ぼけたエレベータの「呼」ボタンを押した。 手には3軒のコンビニを回り、買い集めた夕刊紙や食料、缶ビールが 入ったレジ袋をぶら下げている。 一応、地味な灰色のスーツに紺…

狂二 Ⅲ 断崖編 その21

「すんまへん。おそらくですが・・・紀伊田辺のチームの子で・・」 紀伊田辺バイク用品ショップ「ロードパーク」の店主が喋りだしたその時、 栗原の携帯が震えた。 ! 大将だ。 坂本鉄也 元白浜冷凍社長の名がディスプレイに光っていた。 どやしつけられる・…

「清貧の思想」こそ日本経済をダメにしたのではないか

先日 紀伊国屋で 清貧の思想 の文庫本を見た。 おー 懐かしや と手に取りかけたのだが、 よくよく考えたならば、 この本のヒットと 日本経済の右肩下がりは、同時期ではなかったか? との ”恨みつらみ”が拙者の脳内が グルンぐる駆け巡り、コンくそ! と 手…

狂二 Ⅲ 断崖編 その20

飯を喰べながら、今までの経緯を簡単に栗原は説明した。 「しかしまぁ、あの若さで新社長とは」 「お宅の所長も、君とうちの新社長とは面識ある、云ってたけど、 そんなに親しい間柄だったのか」 (まさか河本新社長も元同業なのか・・・) 「知ってるも何も…

狂二 Ⅲ 断崖編 その19

2010年3月30日 午前9時55分 白浜冷凍に戻ると、経理の沢田が電話を握りしめ、 青ざめた顔で、ペコペコと何度もお辞儀をしていた。 栗原と目が合うと、地獄で仏に出会ったかのように表情がほころんだ。 「あ、ただ今、戻って参りました・・・ 栗原…

狂二 Ⅲ 断崖編 その18

「おい、結構あるぜ」 先に崖を登っていた男が呼んだ。 少し登ったところは、 ちょっとした平地になっており草木が生い茂っていた。 平地の手前は土が盛り上がっており、潮含みの風を避けられたのだろう。 「まさか水・・」 痛む左足を引きずりながら、浩二…

狂二 Ⅲ 断崖編 その17

「ナイフを返してもらおう」 男が再び言った。 「こんなモノ・・・」 浩二は右手でナイフをしっかり握り締め、わざと頭上高くかざした。 「お前等、夜中に不法侵入し、桟橋で何を運んでいた。 一体どこの国の、何者なんだ」 男の正面に向き直り、両手を腰に…

狂二 Ⅲ 断崖編 その16

2010 3月30日 AM7:58 8時前になると、殆どの従業員が出勤し始めた。 始業時間は8時半だが、白浜の朝は早い。 「聞いてほしい事がある。まだ事件とも事故とも不明なのだが・・・」 栗原は事情を説明し、手分けして構内を捜しだす様依頼した。 …

狂二 Ⅲ 断崖編 その15

2010年3月30日AM7時10分 冷え込みはあったものの、空には雲ひとつなく青く澄み渡ってい た。 袖をめくり、時を確認した白浜冷凍従業員栗原健一は いつも通りの朝が始まる。たとえ社長が変わったとしても・・・ そう思った。いやそう自分に言い聞…

狂二 Ⅲ 断崖編 その14

「よしっ、よくぞやった」 浩二の倒れ込みを見届けると、リーダーが 歩み寄ってきた。 しかし、リーダーには無視するがの如く、 三人の会話が盛り上がった。 「二人の加勢がなければ、危うい処だった」 「必殺のムエタイキック。ここにありってとこだな」 「…

狂二 Ⅲ 断崖編 その13

(やはり・・・か) 2010・4・4作戦を任された3号・・・ 29号が、倒された瞬間、 ここにやってくる前、ビルの一室での予感が的中したと、蒼ざめた。 中国拳法の達人な29号・・・ いくら長身とは云え、 数時間前にはフラフラの状態だった従業員に…

狂二 Ⅲ 断崖編 その12

外は真っ暗闇のままだ。腕時計を確認すると零時少し前だった。 かなりの時間が過ぎたような気がしたが、 ほんの数時間しか寝ていなかったのだ。 酔い醒めの薄ぼんやりした、ふわふわな気持ちは、バイクのエンジン音で吹っ飛びかけていた。 しかし、立ち上が…

狂二 Ⅲ 断崖編 その11

二十歳を過ぎた浩二だが、アルコールは普段滅多に口にしない (築港時代、竜一らに連れられ、たまに居酒屋で呑む程度だった) 果たして、今夜一晩で、いったい何杯呑んだのか思いだそうとしたが、 思い出せなかった。それほど呑んだようだ。 弱くはなかった…

狂二 Ⅲ 断崖編 その10

2010年3月29日22時40分 白浜よりおおよそ20キロ南東、複雑に入り組んだ海岸線に寄り添う小さな漁港がある。海に面したわずかばかりの平地に山が迫るように張り出している。 ここ「すさみ漁港」では夜半にもかかわらず、調査捕鯨船の出港準備に…

狂二 Ⅲ 断崖編 その9

JR白浜駅ビルを出るなり、坂本社長と目があった。 なんと社長自ら、出迎えに来てくれて居たのだ。 坂本社長との不思議な縁(えにし)を 浩二は廻(めぐ)らした。 築港冷凍で働きたい・・との意思を固めたきっかけは、 なんと云っても面接のあとの見学で見…

狂二 Ⅲ 断崖編 その8

先週替えたばかりの 畳表の匂いが栗原の鼻梁をつく。 この匂い 何度嗅いでも好きだと思う。 空手道場で畳敷きはめずらしい。 白浜冷凍、坂本社長が私費で開いた道場。空手を母体としているが、時に柔道の寝技や、関節技も取り入れるので 途中 板敷きから柔道…

苦役クラブ

年末から今月にかけて、自分の中で”気にかかる”二組144回芥川賞受賞 苦役列車の西村賢太氏と Mワン準グランプリの スリムクラブの二組なのだ。 苦役列車 モツ焼きと焼酎が漂う 印象的な私小説だった。純文学系の本は 大枚を叩いてまで 買う方ではなかっ…

狂二 Ⅲ 断崖編 その7

目覚ましの電子音が、午前6時の空気を切り裂く前に、 額の冷たいタオルが浩二の目を覚ました。多美恵と目が合った。 「あ、ごめん起こしちゃった?」 「ずっと起きて居たのか」 眠る前の不快感は少し消えていた。 「凄い汗をかいていたから」 「ありがとう…

狂二 Ⅲ 断崖編 その6

浩二に背中を向けたまま、多美恵はまんじりともせず、 苦しそうな息遣いに耳をそばだてていた。 カーテンの隙間から少し覗く空はまだ闇に包まれている。 6時にセットした目覚ましには 時間があるようだ。 直ぐにも振り返り、声をかけてやりたい衝動に駆られ…

狂二 Ⅲ 断崖編 その5

2010 3月29日(月)AM3:10 と枕元のデジタルが点滅していた。 喉の奥の痛みで目覚めた 河本浩二は、隣に眠る多美恵の寝息を聞きながら 先週末 唐突にやってきた高城常務との間で交わした会話を反芻した。 それは信じられない嘘みたいな話だった…

狂二 Ⅲ 断崖編 その4

2010 3月25日 午後12時30分 「大将、2番にお電話です 田嶋の本社から」 白浜冷凍 事務員の構内放送が休憩室にも響いた。 坂本社長のことを 事務所員までもが“大将”と 呼んでいた。 「あと1手で詰むところやったがな」 持ち駒を両手にジャラジャ…

狂二 Ⅲ 断崖編 その3

2010年3月25日 AM11時40分 大阪市内を縦に貫く 幹線道路“御堂筋” その御堂筋を眼下に望む 田嶋総業大阪本社 役員会議室では 久しぶりに議論白熱、大いに揉めていた。 「お言葉ですが、田嶋社長・・・」 常務取締役 西川章三が立ち上がった。 (…

狂二 Ⅲ 断崖編 その2

峠道を再び走りながら栗原は (なんでまたこんな所に逃げ込みやがった・・・) そうつぶやくと あることに気付いた。 (まてよ、本当に逃げるなら 市街地だろが、すれ違ったあの手前には 市街地へ抜ける交差点が幾つもあったはずだ) いずれにせよ急がねばな…

狂二 Ⅲ 断崖編 その1

2010年 3月19日 午後11時 峠のトンネルを抜けると、街の灯がようやく見える。 南紀白浜の潮風を背に 栗原健一は家路を急いだ。 勤め先の“白浜冷蔵冷凍倉庫”、通称白浜冷凍で めずらしく取れた三連休を前に 引継ぎ事項や、その他の申し合わせごとに…