2011-01-01から1年間の記事一覧
2010年3月31日午前11時20分 南紀新報から教えてもらったその雑居ビルは、 図書館と直線距離にしてわずか400メートルもなかった。 だが、一方通行が多く、ここでも何往復かを余儀なくされた。 (コインパークにそのまま停めて歩いてきた方が早…
2010年3月31日 午前10:10分 探偵事務所所長、佐々木淳一は大阪府警刑事時代から、 初めて訪れる市や町の場合、時間さえ許せばその町の図書館へまず立ち寄るようにしていた。 退職後、探偵仕事で地方都市に行く機会が増え、その習性はかなり役に…
2010年3月31日 AM6:20 白浜冷凍、事務所のガラス窓を叩きつける雨音で、栗原は目覚めた。 風も強いのか、電線の唸り声も結構大きい。 真っ先に気になったのは、新社長だ。この風雨は凌げているのだろうか・・・ まさか、屋外で野営とかじゃねえ…
2010年3月30日 21:20 「今日は何日だったっけ、日本時間で」 男が言った 。。。。はてさて、何日だっけ。 浩二もふと考え込んでしまった。 大阪を出るとき、まさかそびえたつ崖に囲まれただけの海辺で 夜を迎えようとは、夢にも思わなかった。 …
2010 3月30日 18:30 紀伊田辺駅前 雑居ビルの玄関ホール。 男は、古ぼけたエレベータの「呼」ボタンを押した。 手には3軒のコンビニを回り、買い集めた夕刊紙や食料、缶ビールが 入ったレジ袋をぶら下げている。 一応、地味な灰色のスーツに紺…
「すんまへん。おそらくですが・・・紀伊田辺のチームの子で・・」 紀伊田辺バイク用品ショップ「ロードパーク」の店主が喋りだしたその時、 栗原の携帯が震えた。 ! 大将だ。 坂本鉄也 元白浜冷凍社長の名がディスプレイに光っていた。 どやしつけられる・…
先日 紀伊国屋で 清貧の思想 の文庫本を見た。 おー 懐かしや と手に取りかけたのだが、 よくよく考えたならば、 この本のヒットと 日本経済の右肩下がりは、同時期ではなかったか? との ”恨みつらみ”が拙者の脳内が グルンぐる駆け巡り、コンくそ! と 手…
飯を喰べながら、今までの経緯を簡単に栗原は説明した。 「しかしまぁ、あの若さで新社長とは」 「お宅の所長も、君とうちの新社長とは面識ある、云ってたけど、 そんなに親しい間柄だったのか」 (まさか河本新社長も元同業なのか・・・) 「知ってるも何も…
2010年3月30日 午前9時55分 白浜冷凍に戻ると、経理の沢田が電話を握りしめ、 青ざめた顔で、ペコペコと何度もお辞儀をしていた。 栗原と目が合うと、地獄で仏に出会ったかのように表情がほころんだ。 「あ、ただ今、戻って参りました・・・ 栗原…
「おい、結構あるぜ」 先に崖を登っていた男が呼んだ。 少し登ったところは、 ちょっとした平地になっており草木が生い茂っていた。 平地の手前は土が盛り上がっており、潮含みの風を避けられたのだろう。 「まさか水・・」 痛む左足を引きずりながら、浩二…
「ナイフを返してもらおう」 男が再び言った。 「こんなモノ・・・」 浩二は右手でナイフをしっかり握り締め、わざと頭上高くかざした。 「お前等、夜中に不法侵入し、桟橋で何を運んでいた。 一体どこの国の、何者なんだ」 男の正面に向き直り、両手を腰に…
2010 3月30日 AM7:58 8時前になると、殆どの従業員が出勤し始めた。 始業時間は8時半だが、白浜の朝は早い。 「聞いてほしい事がある。まだ事件とも事故とも不明なのだが・・・」 栗原は事情を説明し、手分けして構内を捜しだす様依頼した。 …
2010年3月30日AM7時10分 冷え込みはあったものの、空には雲ひとつなく青く澄み渡ってい た。 袖をめくり、時を確認した白浜冷凍従業員栗原健一は いつも通りの朝が始まる。たとえ社長が変わったとしても・・・ そう思った。いやそう自分に言い聞…
「よしっ、よくぞやった」 浩二の倒れ込みを見届けると、リーダーが 歩み寄ってきた。 しかし、リーダーには無視するがの如く、 三人の会話が盛り上がった。 「二人の加勢がなければ、危うい処だった」 「必殺のムエタイキック。ここにありってとこだな」 「…
(やはり・・・か) 2010・4・4作戦を任された3号・・・ 29号が、倒された瞬間、 ここにやってくる前、ビルの一室での予感が的中したと、蒼ざめた。 中国拳法の達人な29号・・・ いくら長身とは云え、 数時間前にはフラフラの状態だった従業員に…
外は真っ暗闇のままだ。腕時計を確認すると零時少し前だった。 かなりの時間が過ぎたような気がしたが、 ほんの数時間しか寝ていなかったのだ。 酔い醒めの薄ぼんやりした、ふわふわな気持ちは、バイクのエンジン音で吹っ飛びかけていた。 しかし、立ち上が…
二十歳を過ぎた浩二だが、アルコールは普段滅多に口にしない (築港時代、竜一らに連れられ、たまに居酒屋で呑む程度だった) 果たして、今夜一晩で、いったい何杯呑んだのか思いだそうとしたが、 思い出せなかった。それほど呑んだようだ。 弱くはなかった…
2010年3月29日22時40分 白浜よりおおよそ20キロ南東、複雑に入り組んだ海岸線に寄り添う小さな漁港がある。海に面したわずかばかりの平地に山が迫るように張り出している。 ここ「すさみ漁港」では夜半にもかかわらず、調査捕鯨船の出港準備に…
JR白浜駅ビルを出るなり、坂本社長と目があった。 なんと社長自ら、出迎えに来てくれて居たのだ。 坂本社長との不思議な縁(えにし)を 浩二は廻(めぐ)らした。 築港冷凍で働きたい・・との意思を固めたきっかけは、 なんと云っても面接のあとの見学で見…
先週替えたばかりの 畳表の匂いが栗原の鼻梁をつく。 この匂い 何度嗅いでも好きだと思う。 空手道場で畳敷きはめずらしい。 白浜冷凍、坂本社長が私費で開いた道場。空手を母体としているが、時に柔道の寝技や、関節技も取り入れるので 途中 板敷きから柔道…
年末から今月にかけて、自分の中で”気にかかる”二組144回芥川賞受賞 苦役列車の西村賢太氏と Mワン準グランプリの スリムクラブの二組なのだ。 苦役列車 モツ焼きと焼酎が漂う 印象的な私小説だった。純文学系の本は 大枚を叩いてまで 買う方ではなかっ…
目覚ましの電子音が、午前6時の空気を切り裂く前に、 額の冷たいタオルが浩二の目を覚ました。多美恵と目が合った。 「あ、ごめん起こしちゃった?」 「ずっと起きて居たのか」 眠る前の不快感は少し消えていた。 「凄い汗をかいていたから」 「ありがとう…
浩二に背中を向けたまま、多美恵はまんじりともせず、 苦しそうな息遣いに耳をそばだてていた。 カーテンの隙間から少し覗く空はまだ闇に包まれている。 6時にセットした目覚ましには 時間があるようだ。 直ぐにも振り返り、声をかけてやりたい衝動に駆られ…
2010 3月29日(月)AM3:10 と枕元のデジタルが点滅していた。 喉の奥の痛みで目覚めた 河本浩二は、隣に眠る多美恵の寝息を聞きながら 先週末 唐突にやってきた高城常務との間で交わした会話を反芻した。 それは信じられない嘘みたいな話だった…
2010 3月25日 午後12時30分 「大将、2番にお電話です 田嶋の本社から」 白浜冷凍 事務員の構内放送が休憩室にも響いた。 坂本社長のことを 事務所員までもが“大将”と 呼んでいた。 「あと1手で詰むところやったがな」 持ち駒を両手にジャラジャ…
2010年3月25日 AM11時40分 大阪市内を縦に貫く 幹線道路“御堂筋” その御堂筋を眼下に望む 田嶋総業大阪本社 役員会議室では 久しぶりに議論白熱、大いに揉めていた。 「お言葉ですが、田嶋社長・・・」 常務取締役 西川章三が立ち上がった。 (…
峠道を再び走りながら栗原は (なんでまたこんな所に逃げ込みやがった・・・) そうつぶやくと あることに気付いた。 (まてよ、本当に逃げるなら 市街地だろが、すれ違ったあの手前には 市街地へ抜ける交差点が幾つもあったはずだ) いずれにせよ急がねばな…
2010年 3月19日 午後11時 峠のトンネルを抜けると、街の灯がようやく見える。 南紀白浜の潮風を背に 栗原健一は家路を急いだ。 勤め先の“白浜冷蔵冷凍倉庫”、通称白浜冷凍で めずらしく取れた三連休を前に 引継ぎ事項や、その他の申し合わせごとに…