小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃 

ミモザの咲く頃に その23

(オー、ノー)と云ったきりジャンニ・ビアンコは頭を抱え込んだ。日本人ではけっして見られない派手なリアクションゆえ、(まさか演技?)と思わせるものがあった。その証拠に、1分もしないうちに笑顔で「OK、ミスターイムラ。ミニマムは1億リラ。条件…

ミモザの咲く頃に その22

船場商事東京支社は、青山通りに面していた。都心にもかかわらず、緑の公園が周囲を埋め尽くし、一瞬、都会に居るのを忘れるほどだった。 ここ8階フロアーにある役員会議室。窓から一望できる緑の風景は実に壮観だった。 昼食のあと、窓際でひと時の休憩タ…

ミモザの咲く頃に その21

大阪駅を出発した高槻行きの普通列車が淀川の鉄橋を渡り始めた。ゴト、ガタ、ゴト・・・独特の音が車内に鳴り響く。朝日を受けた川面はキラキラとまぶしい。三日前に見た水鳥たちの姿はなかった。僕は時計に視線を落とした。6時40分。前村加奈子の顔が浮…

ミモザの咲く頃に その20

6月25日水曜。ジャンニビアンコとの契約交渉を翌日に控え、川村の呼びかけでプロジェクトチームの最終会議が行われた。 会議と言っても、契約交渉の席に参加しない国光を始め、他のメンバー達を安心させるため、交渉のシミュレーションや申し送り事項の確…

ミモザの咲く頃に その19

万雷の拍手に、前村はぺこりと頭を下げ、上着を脱いだ。 三宅が労をねぎらいながら受け取り、説明を始めた。 「普通、紳士モノスーツでは男性のモデルが常識です。が、女性が着こなしてはいけないなんて規則はどこにもありません。プロモーション計画の第一…

ミモザの咲く頃に その18

次の日、天気予報は雨だったが、空は晴れ渡っていた。僕はいつもより、早く目覚めていた。久しぶりに歩きまわったおかげか、前夜はぐっすり眠れた事も要因のひとつだろう。が、何といっても“プロモーション会議の大事な日”と云うことが大きかった。初めての…

ミモザの咲く頃に その17

「まもなく大阪、大阪でございます」車掌のアナウンスが始まった。到着ホームの番線と乗り換え案内がスピーカーから流れている。だが、ほとんどの乗客は聞くこともなく、ざわざわと降車の用意を始めた。 列車は淀川の鉄橋を渡り始めた。水鳥が数羽、川面に身…

ミモザの咲く頃に その16

雨にけむる湖畔の道。。。 こうして、文字に書くと"詩的”な雰囲気が漂うけれど、実際はとてつもなく寂しい風景だった。鈍色(にびいろ)の空から降る雨。時折吹く風も、半端じゃない強さだった。 あの日、もし独りだったとしたら、どれほど僕は落ち込んだろ…

ミモザの咲く頃に その15

「いやあ、どうもどうも」悪びれもせず、入ってきたのは若い男だった。時間に対する観念は案外ルーズなのか、テレビ局。時計を見ると約束の時刻は40分も過ぎていた。それでもさすがに「どうも、お忙しいところを」前村はさっと、立ち上がって一礼した。一…

ミモザの咲く頃に その14

「じゃあ後は頼む」 そう言い残し常務は会議室を後にした。 「あッ」 何気なく目に入った常務の突き出た腹を見て突然思い出したのだ。 週末に見た深夜番組だ。夏のシーズンを前に琵琶湖のお勧めレジャースポットをコメディアンがリポートしていた。少しエッ…

ミモザの咲く頃に その13

「じゃが、倍の二億リラや。我が社の誠意を奴らに提示する」 常務の言葉に三度(みたび)どよめきが起こった。 「あのう、常務いいですか」 川村が手を上げた。「いきなり倍額だなんて、それはどうかと。本当に提示して頂ければおそらくジャンニ側との契約は…

ミモザの咲く頃に その12

週が明けた。 平年に比べ梅雨入りが大幅に遅れていたが、とうとう日曜の夕方から降り出した雨は断続的に今も続いていた。 この土、日曜に長沢雅恵が待つ学祭へは、とうとう行かなかった事を考えちくりと胸が痛んだ。 雨足がやや強くなっていたが、先週末と同…

ミモザの咲く頃に その11

「お待たせ・・・」 部屋を出ていた美央が戻ってきた。 両手で抱えたトレーには、色とりどりのモノが満載している。 昨夜は無かったと思う。部屋の隅に置かれたガラステーブルにトレーを載せた。 (この為に用意していたのか) 「どうぞこちらへ、立ったまま…

ミモザの咲く頃に その10

前回までのあらすじ1980年、総合商社船場商事新入社員の森野彰。ある日常務に呼び出された。なんと一緒にピアノ教室に入ってくれとの依頼だった。最初は固く断っていたが、とうとう説得されるハメに。教室に行くとなんと教師は15の少女だった。一方、…

ミモザの咲く頃に その9

「森野、頼みがある。ちょっと残っててくれるか」 ・・・・・・・・ 予感はあった。(新米の僕への用事て、ひとつしかない。おそらく。。。) 前村加奈子と二人でテーブル上を拭いたり、ガラスコップや紙くずを片づけ終える頃、一旦会議室を出ていた常務が戻…

ミモザの咲く頃に その8

「ふー、ようやくローマが目覚めよったわ」荒々しく入ってきた常務が誰に云うこともなく、つぶやいた。ちらりと時計を見た。(はや、三時を回ってる・・・・イタリアはようやく朝なのか)「お疲れさまです」すかさず前村が冷えた麦茶を持ってきた。「おおす…

ミモザの咲く頃に その7

「で、どやった」案の定、待ちかねたように昨夜の事を訊いてきた。ふといたずら心が芽生え、「ライラック、て言うんですねあの花」わざとじらし気味に切りだした。「え、ああ」「常務と同い年の祖母・・名前は美佐江さんと言います。美しいに、にんべんの左…

ミモザの咲く頃に その6

至福の2時間はあっと言う間だった。耳の奥からは鍵盤の音がまだ鳴り響いている気がした。応接室に上着と鞄を取るため廊下に出た時だった。「あのうもしよかったら夕食ご一緒しません?」上目づかいで美央が訊いた。思いもよらない言葉に初めて腹が減ってい…

ミモザの咲く頃に  その5

次の角を曲がると石坂家が見える。そう思うと胸が高鳴った。 高鳴りの原因は初めて習うピアノへの不安がほとんどだったけれど、一方でどこか期待する気持ちもあった。 ビルの谷間に建つ瀟洒な邸宅は静かに客人を待っているかの様子で、その空間だけが都会の…

ミモザの咲く頃に その4

1980年・・・当時すでに”地球温暖化”の文字がマスコミを賑わせていたかどうかは思い出せない。が暑い日々が続いた事だけは覚えている。6月に入るや真夏を思わせる気温の連続で、昼間の外回りは厳しいものがあった。エアコンの効いた建物や電車に乗ると…

ミモザの咲く頃 その3

「では説明させていただきます」 と言って、少女は脚を組んだ。 なんと、目の前のまだ子供のような少女が説明を始めようとした。すらりと長い手足。背丈こそはそこそこにあるようだが、あどけなさの残る顔は見ようによれば小学生にも見える。 「あの。お嬢ち…

ミモザの咲く頃に その2

「来週からワシと一緒にピアノ教室に入って欲しい」 「あのう、俺、あ、僕、あ、いえ私 音楽は全くの音痴です」 「承知している。だから君を選んだ」 ・・・・・・ 船場商事株式会社 第一営業部第三課新人 森野彰(あきら)は昨日、国光常務に呼び出された時…

ミモザの咲く頃に その1

つかのまの春とともに しぼんだばらを惜しむまい 山のふもとの風かげに 実るぶどうの房もすてがたい。 草深きわが谷合(たにあい)の飾り物 こがねにかがやく秋のよろこび それは乙女の指のように ほっそりとしてけがれもない。 /岩波文庫 プーシキン詩集 …