小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花の散ったあとに

ミモザの花が散ったあとに 13

初めての沖縄料理だったが、想像したほどの油っこさは無く、とろけるような美味さだけが口一杯に広がった。店の雰囲気が饒舌にさせたのか、僕たちはよくしゃべりよく食べた。しかし突然、(もう帰るんやろ)篠原さんが云った言葉に、自分の迷いを見透かされ…

ミモザの花が散ったあとに 12

(てぃーだぶっく)の看板に、まさか本屋?とガラリと横びらきの戸を開けた瞬間、なんだ食堂。そして、あ、沖縄だと思った。きょろきょろ見回す僕に「ほら、前に云った通りやろ」と篠原さんがわき腹をつついた。「えぇココもそうですが、さっきの商店街全体…

ミモザの花が散ったあとに 11

マンションに戻り、リビングルームの時計を見上げると9時半を回っていた。焼却場の順番にもよるがそろそろ彼女が帰ってくる時間だった。少し焦りながらバスルームに向かった。篠原さんのため、風呂掃除と湯湧かしが、居候の自分にできる唯一の仕事でもあっ…

ミモザの花が散ったあとに 10

「花見なぁ。もう何年もしてないわ」悲しげにつぶやいた篠原さんのひと言が、いつまでも忘れられずにいた。5年前に離婚。何があったのかは訊けなかったが、少なくとも5年のあいだは花見をする余裕などなかったろう。「日当がケタ違いなの」が今の仕事を選…

ミモザの花が散ったあとに 9

もともとあった自然の河に、人工的に手を加え、まっすぐに仕上がってしまった岸壁が”いかにも”と云う感じで無粋だった。 遠くにはコンテナをつり上げる鉄骨の巨大なキリンがズラリと立ち並び、倉庫や船の修理工場が多くあった。けれど、視界を狭めるならば、…

ミモザの花が散ったあとに 8

前回までのあらすじ1981年(昭和56年)3月、恋人との哀しい別れを経験した森野彰。すさんだ日々を送っていた。そんなある日、泉州アパレルの原田社長からの誘いで楽しいひとときを。だが、深酒の結果、ヤクザに売らなくても良い喧嘩を。。。。案の定、ズタ…

ミモザの花が散ったあとに 7

「あほッ 自分で慰めてただけや」「え?慰めるてナニを」彼女はさらに真っ赤な顔になって「あほ」と云いながら テーブルのフキンを投げつけ笑った。投げつけられたフキンは、首に当たったあと、膝に落ちた。湿ったそれを拾い上げながら「そんなあ。いったい…

ミモザの花が散ったあとに 6

なにやら篠原さんの呼ぶ声がし、振り返ってみると常に閉じられていた寝室側のカーテンだったが、すっかり全開。少し遠く、通天閣の先っちょ部分が見えた。篠原さんは、窓を開け「寒ぅない?」と訊き「こないな時間に部屋に居るんは、一週間ぶりやから空気を…

ミモザの花が散ったあとに 5

大阪市の地図で云えば、中心部(本町あたり)から南西の方角に車を走らせ、たとえゆっくりな速度だとしても20分とかからない。さらに5分も走れば大阪湾に突き当たる。篠原芳美さんのマンションはそういう場所にあった。リビング側の窓からは、建設中の大…

ミモザの花が散ったあとに 4

会話も途切れ、ふたりともテレビに集中している時だった。篠原さんはテレビの画面に向かったまま何ごとかつぶやいた。丁度テレビの音声とかぶってしまい聞き取れず「え?」と云うと僕の方を振り向き「しかし、かなり呑んだのやね、あそこまで呑むて、いった…

ミモザの花が散ったあとに 3

隣の部屋からの、シチューの匂いと野菜か何かをきざむ音で目覚めていた。ザクザク。トン、トトトン。鍋のフタを閉じる音。フライパンの水や油が弾ける音。そして食欲を刺激するこの匂い。。。腹が小さく鳴った。。。こういうなにげない生活の音と匂いにこそ…

ミモザの花が散ったあとに 2

漆黒のベンツは急停止し、しかもわざわざ、横までバックさせて来た。運転席から男が降りた。思わず周囲を見渡す。雨の深夜とはいえ、さすがにミナミの繁華街。遠巻きにこちらの様子を伺う何人かの通行人が居た。(人前でまさか素人に手、出せへんやろ)とい…

ミモザの花が散ったあとに 1

なにやら女の悲鳴が聞こえた。それは、うっとか、はぁっとかのほんの一瞬。すぐ間近に聞こえた気がし、はっと目覚めたのだった。部屋は闇につつまれ何も見えなかった。もう一度耳を澄ましてみたもののやはり何も聞こえない。はて・・・?いつもの布団ではな…