小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

新連載「そして、池上線」

そして、池上線56

(第三部 終章) きょう一杯は、穏やかな晴天が続くでしょう。明日からの関東地方は西から近づく低気圧の影響で。。。 天気予報を途中で消した女房が 「日曜、雨だって」と呟いた。 ベランダを覗くと、窓の向こうには突き抜ける青空が広がっていた。 「あ、…

そして、池上線55

いくつかのカーブも過ぎ、比較的平坦な道に出ると<京丹後市庁舎別館400メートル>の標識が見え始める。 そして、ようやく482号のルート表示が現れた。 なるほど。。。今まで気づきもしなかった。“いわく”があったとは。。。。 「知ってます?国道482号の…

そして、池上線54

「明日、予定を早めて昼前にします。新幹線。。。」 と呟くように云った。 とっさ的に身体が反応した。 馬渕の腕を引き寄せ、 「お願い、帰らないで。。。。」 と言った。 どこか遠くで聞こえたようにも思えたが 紛れもなく私の声だった。 ・・・・・・・・…

そして、池上線53

「今なんと?」 「ここへ引っ越し」 「え」 それから、しばらく無言で、お互いを見つめ合い、 話す言葉を探した。 だが 「あはは。じょ、冗談ですよ」と馬渕は眼を逸らした。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「冗談に…

そして、池上線52

得体の知れない、何か胸を揺さぶるものが沸々と込み上げてくるのだった。 絶景の、そして静かに岩に砕ける日本海の波、風、夕日。。。 それら全体が織りなす男と女。奇跡の運命の瞬間。。。 いや、始まりだったのかも知れない。 ・・・・・・・・・・・・・…

そして、池上線51

すすり泣くようなファドのBGMがより心を揺さぶった。 瞼が熱くなり、こらえても涙がひとしずく流れ始めた。 「もっと泣いてもええよ」 そう馬渕が言っているような声が聞こえ、 気づけばとうとう堰を切ったダムのように泣き出していた。 ・・・・・・・・・…

そして、池上線50

突き抜ける晴天の青空に、日本海は、真っ青に光り輝いて居た。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 全長1800メートルにも及ぶこの浜は、まったく何も無い砂浜だった。 ゴミひとつすら。 「うわあ、ものの見事に、何も無…

そして、池上線49

そう簡単に人生が歩むならどれほど良い? いや、どれほどつまらない人生? 「松浦社長。彼への想いを断ち切るチャンスでもありましたけどね」 「は、はあ!?」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 馬渕ほど分かり易い人種…

そして、池上線48

「松浦では慰安旅行の代わりに日帰りであちこちレジャーに出かけてましたの。そこで出会ったのが陶芸教室。。。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「ほーう、たまに見かける1日体験、ってあれですか?」 馬渕は意外そ…

そして、池上線47

馬渕は目を細め、ジロジロ眺めてきた。 「は?」 「いやはや、和服も素敵でしたが、トレーナーに、ジーンズ姿。 こりゃまたお若い、素敵ですな」 と言った。 なにかこう、不意を突かれた気がし、またもや胸が鳴った。 ジロジロ眺める馬渕の表情には、意思な…

そして、池上線46

「で、ご存知のように”出逢い”の場でもありますのよ」 馬渕はしばらく考えていたが 「で、でしょうな」と大きく頷いた。 「今の私を決定づける運命の出会いがありましたの」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「ほーう。で…

そして、池上線45

「覚悟は良いかしら」 「覚悟と仰いますと?」 「離婚後の30年。。。。語らせてもらいます。今から。。。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「あ、すみません上着脱いで良いですか」 そう言われて初めて気づい…

そして、池上線44

「野口冨士夫の風の系譜ってありますか」 今でも覚えている記念すべき彼の初めての言葉。 それがなんと今では 風の系譜社 社長だという。。。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「あのーう、ひとつ私の…

そして、池上線43

中庭から覗いた空は雲ひとつない青空が広がっていた。 だが、半島めぐりのドライブの筈が、何となく出かける気になれずに居た。 朝方に聴いた熊本地方の地震ニュースの影響なのだろう。 馬渕も同様な雰囲気を漂わせ、特段珍しくもない、古い家の佇まいとかを…

そして、池上線42

少し前の汗ばむ陽気から一転し、やけに冷え込む朝だった。 その分晴天は約束されたも同然。東京からやって来た馬渕との半島巡りには絶好びよりとも言えよう。 だが、夜中と、朝方に発生した熊本地震を伝えるニュースが心を重くしていた。 木曜夜の報道にも驚…

そして、池上線41

何度目かの寝返りを打った。 いつもなら、かすかな音でしかない柱時計の針の音がやたらと響き、海鳴りの音は聞こえない。 けれど風は海の方から吹いている。軒先きの仕舞い忘れた、もの干し竿がうるさい。 「あらぁ、やっぱ外に出ると潮の香りが凄いですな、…

そして、池上線40

「そちらの勝手に付き合ってるヒマなぞ御座いません」 まさに電話を切ろうとした瞬間だった。 マブチの、あーと云う絶叫が聞こえ 「き、切らないで、さ、佐伯勇次さんご存知ですよね、 さ・え・き・ゆ・う・じッ」 電話を追いかけるかの如く、声が飛び込んだ…

そして、池上線39

けっきょくの処、マブチ を名乗る男から電話が入ったのは、 バイト学生たちを帰したすぐの後だった。 あまりのタイミングに、まさか見張られてる? 一瞬ドキリとしたものの、マブチの声に不安も一瞬で吹き飛ぶ。 少し低音ながらも、やたらに軽く、明るい。 …

そして、池上線38

ショップ店長、雪乃からの携帯が入ったのは窯出し作業を終えて、 学生らとくつろぎのお茶を囲んでる時だった。 今回も正解だった。学生とは言え、陶芸部だけに器の扱い方など見事なものだ。 「ども、先ほど終わったとこ」 「お疲れさまでした。出品作の方、…

そして、池上線37

(そして、池上線 第二部) 窯場の天井近くにぶら下げたトランジスタラジオのスピーカーからは、 昨夜、熊本地方で起きた地震を伝えるニュースがひっきりなしに流れている。 だが夜を通し窯を見守り続けた吉岡紫織(よしおかしおり)にとって、 気になりつつ…

そして、池上線36

何もかもが、すべて哀しいです そう言ったきり森島は泣き崩れた。 「ほ、ほれっ、佐伯社長ッ。お願い。あ、あんたからも。。。」 「う、うん。。。」 初恋に浸るどころか、過去の自責の念と、酒の酔いとが相まって ついつい声を荒げ・・・と、言うより西崎と…

そして、池上線35

「ミドリ。何が素敵なもんか。男てやっぱ鈍感やわ、よー見ときなさい」と言った。 すると森島までもが 「そうですね先生」と言った。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「ちょっとえぇか、佐伯ぃッ」 酔いがすっ…

そして、池上線34

OB展での再会について、西崎があれこれ推理を展開。 なるほど、さすがと思わせるものがあった。 だが森島が放ったひと言 「たんなる偶然じゃないと思います」 そして、続きの言葉に ドンっと胸を揺さぶられた気がした。 「ずーっと思い続け。。。常に行動と…

そして、池上線33

高野さんからのハガキを眺めていた時、 「店、探すの苦労したわー」 二人とも両手にレジ袋を下げ西崎と森島が戻ってきた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ あ、どうも。一瞬うろたえたものの、ま、良いかと、ハガキはそのままに…

そして、池上線32

馬渕事務所からの報告書、中間報告とはいえ、肝心の部分が黒塗りにされてあった。 報告書を読みたくて、すっ飛んで来た西崎とも代 「今から訊きに行く?」 の声に、一同腰を上げようとした時、突然森島が声を上げた。 「今 ライトアップしました、東京タワー…

そして、池上線31

「どうしたん。急に黙って」 西崎の言葉にはッと顔を上げる。 直ぐには答えられず、No.7の住民票を見せぽつりと言った。 「今、ここらしい。多分彼女の実家。丹後半島。京都の。。。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「へー丹…

そして、池上線30

森島の携帯が振動した。 あ、先生からです。 「今、芝公園駅改札出たとこらしいです」 「な、なんとまぁ。。。。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「ごめん、来ちゃった」 「やあ・・・ま、とりあえず中へ」 「…

そして、池上線29

「西崎、こっち来れないかなぁ。」 馬渕探偵事務所からの報告を、西崎も呼んで一緒に見ないか。 森島に提案すると 「うわーそれ。最高」 はしゃぐように言うや、携帯を取り出した。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…

そして、池上線28

「これて、逆も真なりですよね」 「ほーう。例えば?」 「どえらい時を過ぎたなら、やがては幸福が。。。て」 きっぱり言い切るや、涙で光った瞳で私を見つめた。 あ。この瞳。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 西崎とも代の代理。。。あ、い…

そして、池上線27

「ぜ~んぜん。あ、それよりミドリ、そっちに向かわせたから」 「は!?」 「彼女の消息らしきもの、なにか確認したいことがあるそうなの」 「え、なぜ彼女が」 「馬渕事務所からの電話、あなたの携帯に通じないらしいけど、まさか拒否してない?」 「あ!」…