狂二 2 波濤編
明後日行なわれる “ダダダ下り祭”に備え ゴンは秀じぃ操る船で隣の島に渡った。約2週間の特訓を無事終えた、1トンの神輿を担ぐ選ばれし男達には、祭前の最後の儀式 神主たちとの滝行が残っていた。行と言うより 神聖な神輿に触れる前の けがれを洗い流す儀…
その朝 ベランダの鉢植えに水をやっていた古庄多美恵はリビングの電話機の呼び出し音に気付き慌てて部屋に戻った。 が、同時に呼び出し音が 止んだ。気になって 着信メモリーの検索ボタンを押してみる。だが時刻のみ着信記録は残っているのに肝心の相手の番…
じゃぁ、最後 末尾9を掛けてみるね」サヤカが操作する携帯を 固唾を呑んで見つめるゴンが小さくうなずく。。『・・・・・・・・プッ・ルールルル・・・・』呼び出し音が鳴った。が、相手は留守なのか出なかった。が、大きい収穫だった。例の “よろず屋、彦…
「ちょっ、いらん事言うから、怒らせたやん」ゴンのわき腹を突きながら、口をとがらせる。 が、すぐさま相手の人数を数え、“ナリ”とか観察する余裕があった。『5・6・・8人かぁ。ケド、ガラは悪いがドコとなく都会的なひ弱さを漂わせている・・・あれ? …
日が明けた。丁度お彼岸の入りだった。「秀じぃ、あとで“ゴン”と一緒にお墓参りに入ってくるわ、で帰りに “よろず屋、彦さん”の店に寄っても良い?」サヤカが朝食の後片付けをしながら言った。今日は漁も休みで 久しぶりに全員揃った食卓だった。記憶喪失の“…
電話を切り、あれこれ考え込むうちに 簡単じゃないのに気がついた。0から順番に掛けるのはいいが、先方が出た時、なんて切り出せば良いものか。。。〈あのーう、少々お尋ねしますが、記憶喪失の人を保護してますが、心当たりありません?〉など 切り出すの…
三月も半ばを過ぎると家島の海に穏やかな陽光が、 降り注いでいた。 朝晩は冷え込むものの 昼間の海水温は暖かだった。 時おり跳ね上がる波しぶきでも、ほてった頬に心地よい。 遠くに見える四国の山あいの稜線が 青く煙っている。 空は夏の空の様に どこま…
「さすが、高級車は乗り心地が違うのぉ、サヤカ」 秀治が大きくのけぞりながら足を組みかえる。その度、履いている長靴がボコボコ音をたてる。 「う、うん・・・」 黒塗りのベンツ、後席の真ん中で 小さくなりながらサヤカが頷く。 「しかしまあ、親分さん …
まず最初にジャージ姿の男が 軽トラ、運転席の横に立った。 金のブレスレッド、同じく金のネックレスをぶら下げ、ジャラジャラ鳴らせた。 「おう、じいさんこのボロトラック邪魔なんや、なんとかしたれ」 「それがニイチャン、動きまへんねん、ガス欠だ」 顔…
船首が白波を切り裂いて、進む。 やがて姫路の港が近づいて来た。ここまで来ると、 都会の雑多な、ぬくもりのある風が 不快に、 襲ってくる。 キャビンで舵を操作する秀治までは届かないが、 先頭で、仁王立ちで誘導する サヤカにとって、 この雑多な熱気が…
カモメが二、三羽 頭上を旋回した。 北風がいつの間にやら西風に変わっていた。 錨を巻き上げ ポイントを移動する。 播磨灘 家島諸島の漁師 秀治は魚群探知機とかの文明の利器を備えず、 己の経験と勘だけで生きてきた。 もっとも“サメ狩り”専門の秀治には魚…
月明かりが遠くの空で光ってるような、 春と呼ぶにはまだまだ遠すぎる 冬の夜明け前だった。 漁船に ヒョイと飛び乗った秀治は出航前の始業点検を念入りに 済ますと エンジンキーを捻った。 グルン グルルルル。。。。最初は低く重たい唸り声をあげていたヤ…