店内に入って来た青年を見た多美恵は一緒に棚入れ作業をしていた新人のバイトに残りを任せ、慌ててレジに向かった。
レジ台から、それとなく注視する。ま、彼の行動は初めて見かけた時から、全くと言って同一だ。 お弁当売り場だけで、終わる場合がほとんど。時たま、入り口直ぐの新聞コーナーで朝刊を取る場合がある。
それも、スポーツ紙ではなく 経済紙あるいは一般紙と言うのが、何となく面白い。というか、『キャラに合ってないな』と感じてしまうところだ。で、今朝は その時たまの日であったようだ。一般紙を抜き取り、弁当コーナーに立ち寄りそしてレジへやって来た。
「暖めますかぁ?」一応マニュアル通りの言葉のあと、以前から気になっていたことを尋ねてみた。
「いつも早いのね。今から出勤?それとも学校?」
一瞬不意を突かれたかのように、目をパチクリしながら青年が応えた。 予想外の答えだった。
「あ、いえ 仕事帰りッす・・・」
「えっ? 夜勤明けなの。お疲れさま」
「まあ、どうも」
初めての記念すべき彼女と狂二の会話だった。
ガチャっ。。。鍵を回し、誰も居ないアパートの玄関を開ける。 一晩熱帯夜にうなされ 密閉されていた無人の空間から 熱気がこぼれた。
キッチンの蛍光灯から垂れ下がった糸を引っ張り 弁当と新聞を置く。 ガスコンロのスイッチを捻り 湯を沸かす。いつもと変わらない一連の動作のあと、朝刊を広げた時『あッ!』と思わず声をあげた。狂二としては珍しい。
朝刊社会面には、結構大きい扱いで
「北摂大学レスリング部員何者かに暴行され怪我」の見出しの後 被害者のレスリング部主将、田嶋竜一さん21歳は田嶋総業社長、田嶋竜太の長男。 コンパの帰りで酔いもあってか、いきなり数十人に囲まれどうしようもなかった。。。。あの坊主頭、学生でしかもレスリング部員だったのか・・・・咄嗟にアゴを狙い、一撃でダウンさせたが、もし組みつけられたとしたら、危うい処だったかな。。。 スピードで勝るとしても、もう少しウエイトをつけないと、本当にヤバイ時が来るかも知れない。。で、それより何より 驚かせたのが 相手が田嶋総業の長男だった・・・て、事。田嶋総業。。。。表むきには運輸、倉庫・港湾荷役、産業廃棄物処理などから果ては キャバレー、スナックなど風俗、飲食店まで幅広く経営する企業体ではあるが、裏社会とも繋がりがあるとされ、グループ企業やその組織の一員による暴力事件が、社会面を賑わせた日もたしか過去にあったはずだ。。。
『う~む。。。なにやら 面白くなってきたぞ。。』
狂二が働く冷凍倉庫は 田嶋総業系列だったのだが、それは 後々知る事になる。
狂二が朝刊を広げていた同じ頃 田嶋竜一は ベッドの傍らで見守る 田嶋総業社長秘書の 板垣に声かけた。
アゴをやられ声が出ないから、スケッチブックでの筆談だ。 黒色のマジックインクで こう殴り書きした・・・・ 俺に 拳法を教えてくれ。。。
つづく