小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 9

その後狂二はJR環状線鶴橋駅から電車に飛び乗り弁天町で降りた。 
目の前には国道43号線。北への尼崎、神戸方面。南への和歌山とを結ぶ幹線道路。北に少し歩くと安治川沿いの倉庫街。夜でも大型トラック中心に行きかう国道。
ディーゼルの排気のガスと騒音が風に乗って 夜通し舞う街。

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一家バラバラになり 母親と逃げるようにたどり着いた街。
故郷の瀬戸内の海に少しでも近い と言う理由だけで。
やがて近所のスーパーにパートで働き始めた母。
しばらくし、そこの店長と付き合い始めた。母親であると同時に、やはり“女”だったのだ。

お決まりのコースの様に、転入したばかりの中学で、ぐれ始め、荒れる浩二。
1年の秋で、ぐんぐん上背も伸び、同級だけでなく、上級生相手に武勇伝を繰り広げる毎日。
やがて同じ中学だけでなく、周辺の中学にも武勇伝を広げ、狂二と畏れられ、刃向かえる者はすでに居なかった。
3年の冬、もう直ぐ卒業という時に 母親の再婚話が持ち上がった。 一緒に付いて行けばスーパーの店長の息子として安泰な生活が約束される・・・が、いまだ行方知れずの父親を裏切るなど、“男”として受け入れられなかった。 卒業と同時に独立を宣言した。当分の間アパートの家賃だけは母側からの振込み。と言う条件で。15歳にして 悲しくもあったが、誇らしい決断だった。
だが、こっそり夜中にアパートを抜け出し、大阪湾に向かって、声を上げて泣いた。

重油混じりの焦げ臭い潮の香りが 余計に涙を誘った。。。

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 弁天町に着いた狂二は チラっと腕時計を見た。22時40分。充分間に合う・・・! 

その時 やはり気配を感じた。執拗に付け狙う“気”を。
電車の中でも一度気がつき、さりげなく振り返ったのだが、冴えない感じの中年男だった。
痩せぎすの上背も低い。だがやはり感じる “気”は その時と同じモノだった。
『まさか 刑事ッ?』
いや、刑事なら単独では行動するまい。
これまでは、被害届を出されるような一般人には決して手を出してこなかった筈。。。

・・・・『あッ』と心の中で声を上げた。田嶋総業のお坊ちゃま・・・・・・

しかし まさか。。。と言う思いが押し寄せ、確信に。
が、後ろの小男は一体何者なんだ?

もう少し自由奔放に暴れたい思いが募る。

・・・築港冷凍倉庫を目の前にして 後ろの男を撒くコトにした。脱兎のごとく右に折れ曲がるや、
全速力で走りに走った。

 大阪湾から流れ込む潮の香りが 狂二の頬を吹き抜けた。

その風は 湿った熱気で充満していた。 大阪の夜は まだまだ熱い。

          つづく