小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

続・狂二 波濤編 2

カモメが二、三羽 頭上を旋回した。 北風がいつの間にやら西風に変わっていた。 錨を巻き上げ ポイントを移動する。

播磨灘 家島諸島の漁師 秀治は魚群探知機とかの文明の利器を備えず、 己の経験と勘だけで生きてきた。

もっとも“サメ狩り”専門の秀治には魚群探知機など無用の長物ではあるが・・・


立秋を過ぎた頃から サメの姿は激減し、 この時期(2月初旬)一般の漁師では サメを捕まえる事などまず不可能だ。

が 秀治だけは 相手の隠れ家を嗅ぎ付け執拗に追いかけ、 少なくとも週に 2、3匹は釣り上げてしまう。

そいつは姫路の某高級料亭と直取引し、この時期 破格の値段が付く。

一応 隣の島の漁協組合員ではあるが、形式だけで ありほとんど一匹狼として通して来た。 儲けもあるが なんの保証も無く、時化が続く日には 一銭の金も当然の様に入らない。。。

5mm径のステンレス製ワイヤーを巻き上げた秀治。今日のところは サメはあきらめた。 その代わり クエ、フグ、チヌ(黒鯛)の収穫があった。

空を見上げ、太陽の位置を確認し、時(とき)を計る。

そろそろ午後2時半。

出かける前に孫娘サヤカと交わした約束を思い出した。

「秀じぃ、姫路市内へ行くなら、連れて行って欲しいねんけど。。」 「市内に何の用や」 「この前の正月に 昔のツレの先輩がケータイの商売してる話聞いたねん、それで昨日電話で相談してみたら。。。」

明石沖で拾い上げた男。 すっかり衰弱し、髪の毛は“真っ白”最初は老人か? と思ったが 身体の筋肉の張りとか、皮膚の色つやから まだ 二十歳前後と思われた。

おそらく。。。の話だがとてつもない犯罪に巻き込まれ、 その恐怖から髪の毛が白くなり、記憶も喪失したのでは?と推測した。

結構大男だった。 漁港からそやつを担ぎ上げ、坂道を登り、半キロばかり歩いた。 65才の秀治にはちーと骨折りだったが、その辺の若者には今でも 体力では負けない自信がある。

「あ!何それ・・・」 まるで仔犬でも拾ってきたかのごとく 孫娘は喜んだものだ。。。

その男 丸二日眠り続けた。

三日目にようやく目覚めたが その男に記憶は消えていた。 しばらくして男のポケットから携帯電話が見つかった。 が 海水をたっぷり滲みこませた上に 二つ折りの留め具が壊れていた。 唯一身元の手がかりが出て来た!と喜んだのもつかの間、 三人 携帯を見つめながら沈み込んだものだ。

サヤカの話ではその先輩なら 修理出来るのでは・・・という話だった。

いつもなら姫路の港へ直行するところだが サヤカを拾うため二人住む島の港へ一旦戻る。

「お!ピッタリ3時半。時計も無いのに よう判るね」 「あの男は」 「一緒に行くか?誘ったけど、まだ家で居るちゅうて」 「ま、当分それがいい」

自分の記憶も蘇らない内に都会の刺激は当分避けた方が良いだろう。。

グルルルル・・・

二人を乗せた漁船は 姫路へと向かった。

つづく