「さすが、高級車は乗り心地が違うのぉ、サヤカ」
秀治が大きくのけぞりながら足を組みかえる。その度、履いている長靴がボコボコ音をたてる。
「う、うん・・・」
黒塗りのベンツ、後席の真ん中で 小さくなりながらサヤカが頷く。
「しかしまあ、親分さん 魚の配達まで付き合ってもろて、えろぅ、世話かけた」
「いえ。。。久しぶりにお逢い出来、お役に立てて嬉しかったです」
サヤカの左側で、広域暴力団Y組元三代目のボディガード・ 今や市内で組を構える竹川組組長が丁寧な口調で応える。
・・・・・・・・ あの後、軽トラをジャージ二人に道路の端まで移動させ、 馴染みのガソリンスタンド店員を携帯で呼び出した。 しかし、ガソリンタンクの底が腐食により穴が開き、漏れていたのだった。
結局 組長の計らいで ベンツのトランクに魚を積み替え、配達やら ケータイ修理の用事まで済ませたのだった。
「オヤジさん。もうすぐ埠頭す、ヒロシらも間にあったようです」 急きょ運転手役をこなしたスーツ男が振り向いた。 埠頭手前の空き地に 修理を終えた軽トラ その横でジャージ姿の二人組みがしゃがみ込んで煙草を吹かしていた。 が、ベンツを見つけるなり走り寄って来た。 「兄貴、オヤジさん、お疲れさん」
「ヒロシ、軽トラは治ったのか」 「ヘイ、最初ゴチャゴチャゆうてくさったが、鉄板の溶接ぐらいワイがするけぇ、機械貸したれや、ゆうたらすんなりでした」
「それはそれは アンチャン迷惑かけたな」 秀治がベンツから降りながら声をかける。 「で、ガソリン代と会わせて、なんぼかいのぅ」 ズボンのポケットから財布を取り出しながら秀治が聞く。
「秀さん、今日のところはあの時のお礼という事で。 それに ウチの若いモンが軽トラのドアを蹴り上げたお詫び代もあるしのぅ。。」 竹川組長が、財布を掴んだ秀治の腕をやさしく戻しながら言った。
「ひゃー すっかり 世話になり、本当助かった なあ、サヤカ」
「はは・・お嬢さんとは、てっきり見習いのボンか、思うてました。あ、失礼」
黒のトレーニングウエアに、ジーンズ姿のサヤカが真っ赤な顔をして、うつむいた。 秀治と同じく 長靴姿だ。
「おッ、太陽がもう、あんな位置に」 胸ポケットから船のキーを取り出した。 「サヤカ 荷物の積み替え、終わったか、もう時間や」
「じゃ、島の方に来ることがあったら何時でも連絡しなせぇ」
「ああ、釣りも長いことやっておらんわ、早よ引退したいのぅ」
「じゃッ」 「じゃぁ」
男らの見送りを受け、秀治とサヤカの船は家島に向かった。
「急ごう、日が沈まないうちに。あの男、一人ぼっちでは心細いじゃろうて」
暖冬と言われながら厳しい寒さ、 それでも悲しいぐらいに晴れ渡った二月の出来事だった。
つづく