小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

続・狂二 波濤編34

雑木林の小道を15分ほど駆け降りると、ようやく学校の校庭が見えた。
奥に見える校舎の廊下で 何人かの生徒らが立ち話をしている姿も見受けられた。
今のところ特に変わった事はなさそうである。

学校の裏門横。しゃがみ込み、息を整えた情報屋の佐々木淳一は 先ほどから感じていた疑問を
横で息咳切る 若衆に投げかけてみた。

「爆発の音を聞いてから、消火活動まで不思議と素早い動きでしたが・・・」

「あぁ・・駐在さん まさに不幸中の幸いて、この事やね。運がある・・ちゅうか、なんて云うか。この空でしょ」
空を指さし、さらに続けた。



「嵐が来るから、ワシら漁を早めに切り上げたんですわ、それで
“ダダダ下り祭”の打ち上げ 消防団として正式にやってなかったのぅ、大沢の親方が言い出し、皆で集まって 飲む事になったんですわ」

やけに背中の広い男の顔が浮かんだ。大沢と言うのか。

「んで、消防団のハッピに着替え、駐在横の 公民館に集まり さあ乾杯 と言う時に、いきなり ドーン・・・ですわ」
もう一人が続けた。

なるほど そういうことか。

あまりにも 素早い行動ゆえ、疑念と云うより、何となく違和感を持っていたのだが 合点が行った。

[もと刑事ゆえの 嫌なクセ、いつまで続くのやら・・・]

「ワシら酒に口をつけてたら、あそこまで手際よくはいかなんだケドのぅ」
豪快に笑った。

「しかし、三人組がどうのこうのて、やっぱそいつらの仕業ですかいの 元刑事さん」

「今のところ 状況証拠ばかりで、まだ断定は出来ない が、宮司の話も総合すれば・・・」

 その時だった。

突然 【パーン】という乾いた音が響き、続けざまに
 校舎の奥から “きゃー”という叫び声が聞こえた。

                ※
ヒロシが まさしく バスの窓越しに 覗き込んでいたその時だった。

姫路総合病院 緊急処置室で、田中巡査部長は目が覚めた。

目が合った看護士は担当医を呼びに動いた。

まもなく 歩み来た 担当医に口の周囲の筋肉を必死にモグモグ言わせ、
合図すると
「田中さん気ぃ付きましたかぁ この指 何本に見えますか」
 三本の指を広げ もう片方の手で田中の脈を測った。

「三本・・・先生 ワシらの島が大変ですのや」
酸素吸入器が田中の声を邪魔したが、何とか答えた。


「君、吸入器を外して、そして 外でお待ちの刑事さんを呼んできなさい・・・・」

「あ、はいッ」
云われた看護士が 扉の向こうに走った。

が、刑事を呼びに走る音を聞きながら田中巡査は、ある考えが脳裏を横切った。

「拳銃を奪われると云うのは 自分の失態では無かったか・・・」

警察学校を出てからのおおよその40年が走馬灯のように流れた。
姫路署での慌しく、心身ともに疲労困ぱいした30年という期間。
そして50過ぎに、残りの人生と勤務先は島での静かな暮らしを選んだ。

島の人々は素朴で人情に厚く 何もかも順調だった。
大きい事件や事故も無かった。

そして・・・

定年を間近に控え、何事もなく終了の鐘が鳴ろうとした時の失態。

果たして 今回の処分はどうなるのだろう。。。

 女房と三人の娘の顔が浮かんだ。長女は今年の夏
結婚の予定だ。

もらえる筈の年金に 影響があるのだろうか・・・

・・・・

「田中巡査部長 気が付かれましたかぁ」
姫路署捜査一課 加納課長が怒鳴りながら入って来た。

思わず 田中巡査は 目を閉じ、寝た振りをした・・・


          つづく