小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

続・狂二 波濤編36

一つの波を超えるたび 船内は大きく傾いた。
フェリーをたたきつける風の音はますます激しくなっていた。
今の所 雨は小止みだが、いつ滝のような雨粒が叩きつけても
不思議ではない空だった。

僅か30分の船旅だったが “ヒロシ”は 何時間も船に揺られた気がした。

家島の桟橋にようやく降り立った時、安堵感からか、
急に全身の力が抜けた気がした。
バランスを失い右手に持ったボストンバッグを危うく海に放り込みそうになり、慌てて右手を握り締め直した。




乗船するまで 騒いでいた 学生らのグループ。
彼らの誰もが
葬儀の参列に並ぶがごとく うなだれ静かに桟橋を歩いて居た。

それほど 海は荒れてきたのだった。

当分の間 島は孤立かぁ・・・

誰もが そう思った。

『さあーて いよいよ家島かぁ。。。』

携帯屋に聞いた 神社をとりあえず 目指し 歩いた。

              ※
丁度その頃、駐在所横の公民館で 島の消防団団長 大沢一郎は
島に唯一ある電気屋ワタナベの店主と向かい合っていた。

「電話回線の修理は ワシらには無理ですわ。
切断された所 見つけるだけでも大変ですし、見つけたとしても
何処をどう繋いでいいのやら・・・」

「なんぞ他に 方法はないのかぁ、ちっとはそのどタマ働かせたれや」
「そう云われましても・・・」
「せめて この携帯でも繋がればのう・・・」
大沢は右手の携帯のフリップを開けたり閉じたり もてあそんだ。

その時

「あ、団長 やれるかどうかわかりませんが 携帯基地局の修理ならなんとかなるかも知れません」

「本当か」
沈んでいた大沢の顔が輝いた。

「ただ・・・」
「ただ 何や 云ってみぃ」
「SOFT TANKの携帯なら自信あるんですわ、
設置の時 応援に借り出されましたよって。NTAのドコマは鉄塔の上まで上らねばならないんですわ」

「うーん ワシのはNTAや。。。ま 誰かSOFT TANK持ってるやろ、よし、早速やってくれるか」

              ※
和船をタケ島の桟橋にロープで縛り付けると ゴンことコージは
田嶋の家に急いだ。

 腕も足腰も 筋肉が膨張し張っていたが 何やら胸騒ぎがし
家までの 坂道を駆け上った。

 坂の途中 振り返り 海のほうを見やった。

 白波が幾重にも重なり、うねりを見せていた。

『あれだけの白波!半端な嵐やない・・・』

家に帰ると 秀じぃは 庭先で刺身包丁を研いでいた。
「秀さん、サヤカん学校からの連絡は?」

「いや 何もないが。。。戻ってくるなり何や?」

「通学船 船っすよ、この嵐・・・」

しかし 秀じぃは 慌てもせず

「なんやそんな事かいな 大丈夫やこれしき わしら島の者にとっては」

「それよか 飯にするぞぃ、ゴンも腹減ったやろ」

 ぐぅ・・・・

云われて初めて腹が減っていたのに気がついた。

しかし 胸の奥にある不安は 消えては居なかった・・・


         つづく