小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

続・狂二 波濤編48

2008年4月某日 

官邸執務室で書類に眼を通していた 福谷首相は 
机上の電話器が赤く点滅しているのに ようやく気づいた。
(呼び出し音が神経に障り、弱りかけた心臓に影響するとの理由から、特別に無音に設定されていた)

「あ、総理大変です、緊急に危機管理対策本部の設置を要請します。。。」

官房長官の切迫した声が受話口を通し鼓膜を震えさせた。

「川村君 いきなり何かね そんなに大声を」

「は、失礼しました。電話では。。。今からそちらへ参ります」

三分後に入ってきた 川村官房長官の言葉は
弱った心臓をさらに痛めつけるものだった。




「国際テロ組織アレ・カイーナから 脅迫メールが送られて来たのです」

「アレ・カイーナ?なぜまた我が国に」
「昨年の11月 大阪の事件を覚えてられますか」
「覚えてるも何も。。。」

福谷は当時を思い起こし 顔が曇った。
首相就任の初仕事があの事件の 後始末だったと言っても過言ではない。

米国政府からの要請で 事件やテロ組織の名称は一切秘密裏に処理される
べくマスコミ対策など 内閣挙げて翻弄させられたのだった。

武器の密輸さらに原発施設への破壊テロ計画さらに、それらテロ計画を阻止することになった勇敢な倉庫関係者。さらにその時活躍した青年が行方不明になったままであること などなどすべては、箝口令を敷かれ、 新聞社会面の片隅すら載ることは無かった


「メール、ガセじゃないのか」

「もしそうならば どれほど有難いか。。。でしょう」
いつもは無表情な川村の顔が翳った。

川村は いつも持ち歩く決済箱の蓋を開けて見せた。
「英文メールを翻訳させたのがこれです」

翻訳の日本語がびっしり印字された用紙には
ところどころ赤色のサインペンで囲ってあった。

「あ、囲みが 奴らの要求です」


最初 
大阪府警に留置されたままのキム・ドンゴンの早期釈放を要求する

この文字が飛び込んだ。

「川村君 あの時の首謀者は 捕らえたままだったのか」
アメリカ政府の意向が二転三転、結局うやむやのままで・・・検察に送る事も出来ず、
留置場のまま大阪府警も持て余しているのが実情でしょう」

「ならばコトは簡単じゃないか 早く国外退去処分にしてしまえ」

「それについては その方法があるでしょう。しかし問題はその次です」

急いで後の行に目を移した。

・我らの活動資金として30億米ドルをスイスの指定する口座に振り込む事

「わずか30億。。。君 内閣官房機密費の範囲じゃないのか」
ニヤリと微笑みながら メガネに手をやった。

「首相 よく読んで下さい。米ドルです。日本円でおおよそ
3300億円・・・・」
あわてて 川村が補足した。

「うーむ 3300億・・・かぁ。。。」情けない声でつぶやく。

「さらなる問題はその次です」
せかされるまま 目をやった。

・以上、要求を突っぱねるのなら プルトニウム100キロが埋没された某離島にタンカーごと突っ込む。 

の文字が躍っていた。

福谷は、ようやくと軽い眩暈を感じた。

「某離島のプルトニウム・・・それにタンカー。何ですか それ?」
「実は小一時間前程 兵庫県警および公安より、家島諸島について知らせがあり。。。」
「イエ島?」
「西日本は瀬戸内海にある島です」

川村は メモ帳を広げた
 
駐在所の爆破騒ぎ、電話回線の不通、そして テロ組織アレ・カイーナの組織員とみられる者達の無線やり取りの一件。
さらに海上自衛隊出動要請があった事実など 早口でまくし立てた。

「島のプルトニウム100キロ 事実なのかね」

「内閣調査室に確認しました。20年ほど前
ある大阪の業社が
当時の政府の要請で秘密裏に 廃棄燃料の処理試験を行い 埋没量は不明ですが、100キロは確実でしょうとの事です」

「わ、私も知らない事実が。。。」
怒りの声のあと続けた

「万一 プルトニウムの島にタンカーごと突っ込めば どうなるのだね?」

「島の半径100キロ周辺 放射能汚染は確実でしょう さらに・・・」
「さらに 何だね」

「あいにく西日本は 台風並みの凄まじい風が吹き荒れています。舞い上がった暴風雨に乗って
放射能汚染は東日本まで・・いや、日本中が 汚染されるでしょう」

「私も知らなかったプルトニウムの事を。。。な・・なぜ アレ・カイーナが知っているのだ」

「総理 詮索は後回しです。 一刻も早く 危機管理対策本部設置の指示願います」

「う、うむ。表のマスコミ陣には事実を発表するのかね」

「いや、国民に不安と混乱を与えるだけでしょう。丁度瀬戸内地方では大型台風並みの低気圧が発達、接近中です。マスコミには “異常低気圧接近対策本部の設置”と云うことで発表します」

「よしわかった。30分後に記者会見だ。原稿を頼む」
「はい 総理」

川村がすばやく出て行くのを見送り
よろよろと腰を上げ、窓側に立った。

関東地方は今のところ薄日が射している。が 西の方角を見たとき
『ぎょッ』となった。

真っ黒な雲がすぐそこまで来ていた。

「総理。。。など、やはりなるんじゃなかった・・・」




         つづく