小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

続・狂二 波濤編50

山陰日々新聞政治部記者 寺島康之は 先程終了した首相官邸での記者会見を聞きながら “裏に何かある” そう確信した。

数日前の地元島根の「竹島」や、長崎県対馬」での不審船騒ぎに 対応する政府の“生”の反応を取材したく 東京にやってきていたのだ。

が、当然のごとく防衛庁の場合 広報を通じての すでに発表された 対応と今後の方針しか取材出来なかった。 地方の一新聞記者に まともな情報は 最初から期待する方が無茶だったのである。 そうは頭の中で理解していても 「折角の東京・・・」 あきらめ切れないで 立ち寄った 首相官邸

官邸には 地元島根出身の 元首相Tや、参議院議員のドンの“顔”が 今でも通用するらしく山陰日々新聞の社員証を見せると 簡単に入れた。

入るなり 「今から首相緊急記者会見が行われます」 そう言われ 席に着き 発表を待つと・・・

なんと 「西日本熱帯性低気圧発達に関する危機対策センター設置」 の内容だった。

「あのーう総理。 防衛省幹部、その他 主要閣僚たちを、わざわざ召集するほどの事ではないと思うのですが」 毎朝新聞の長髪記者が質問に立った。

寺島も同意見、いや会見場に居合わせた誰しも感じた事だろう。

季節外れの大型低気圧接近とは云え、 政府あげて 危機センターを設置するほどの案件なのか?

「しかし、君 たかが とは言いますがね 暴風雨を甘く見ちゃいけないのですよ。アメリフロリダ州の悲劇をお忘れですか」

日ごろ冷静沈着な福谷首相が 珍しく声を荒げていた。

「忘れてなど居ません ただ 今回 被害がそれほど出ているとも思いませんが」 毎朝新聞 若手の記者も負けては居なかった。

「被害が出てからでは もう手遅れなんです」

泣き叫ぶような 声で 絶叫した。

他にも 関連の質問を試みるメディアの記者が何人か居た。

しかし 事前の対策こそ肝心・・・ この一言を強調されると それ以上の追及も出来なく、 「西日本熱帯性低気圧発達に関する危機対策センター設置」 を全員認める形となったのである。

寺島は 最後の一言 「もう手遅れなんです。。。」

この言葉が 妙に引っかかって仕方が無かった。

いつもは冷静沈着な態度の首相には 似合わない形相は 単なる演技とも思えなかった。

今朝 テレビでみた天気予報 確かにこの時期としては珍しい 強力な低気圧が発達、西日本を通過中・・・と報道していたが お天気キャスターは 淡々と喋っていたように思う。

「はッ もしも 低気圧以外の何かが西日本を接近中・・・だとしたら?」

そんな思いが 前触れもなく 頭をよぎった。

山陰の地方記者ではあったが その分 中央(東京)の 言い分を いつもまともには受け取らず、裏読みするクセが付いていたのかも知れない。 また 記者生活38年のベテランとしての“感”が働いたのであろう。

官邸の帰りがけ ある職員を探した。

島根出身 参議院議員のボス A木のお供で 数年前上京した折、 官邸に勤務する 島根出身の職員を紹介されたのだった。

偶然にも 出身中学 高校は 寺島と同じで 5期ほど下の後輩であった。

受付で 職員を呼び出してもらった。

しばらく待たされたが 「残念ながら手が離せません」 との まあ半分 予想された答えが返ってきた。

その代わり 「勤務時間後 必ず携帯に連絡します」との事だった。

おや と一瞬 感じた。

後輩とは言え、どちらかといえば 官邸勤務と地方新聞記者 以前の印象は 「こちらから連絡します」 と言うような 感じでもなかったのだが・・・

地方新聞の記者にどうしても聞いて欲しい“理由”があるんでないかえ

そんな漠然とした思いが 確信へと変わりつつあった。

 

※ 今や 不審外国人対策本部となった マツ島消防団では 大沢団長が 中心となって その後の対策を協議していた。

「団長 奴らあとの二人は 何の目的でウメ島などに・・・」 島岡が尋ねた。

「ワシが思うに・・・」 いつもの団長にしては 神妙な顔つきになって、言葉を途中で 飲み込んだ。

「あいつの口から吐かせましょうや」 ヒロシが 縛られ部屋の隅っこで寝かされているローレンスを 指差しながら云った。

「日本語さえ通じれば 早く吐かせてるがな」

「うーむ・・」 誰しも黙った時 「あッ 英語なら理解できるのとちゃうか」 団長の甥っ子 鶴野健太の学生グループを呼んでこさせた。

学生グループは 電器屋と一緒に 携帯電話の基地局修理を ひとつ成功させ、その後固定電話回線の修理に挑戦中との事だ。

確か 学生の一人に英語が堪能なのが居た筈だ。

 

しばらくして 学生の通訳で ローレンスの取調べが始まった。

「早く俺を釈放せよ、さもなくば まもなくやってくる本隊により 島全体が吹っ飛ぶ・・・キムら二人も事実は知らされていない」

固唾を呑んで聞いていた一同にとって、驚愕すべき言葉だった。

 

風が背を吹き上げ 飛ぶ様に潮の上を進んだ。

合羽の裾が バタバタとはためく。

時化(しけ)がなんじゃい。

見ろや ウメ島は もうすぐじゃないか。

事実 目の前に 島影が現れた。

そこにホッとする油断があった。

「島の周囲に渦が巻いていてのう・・・」

いつだったか 秀じぃが発した言葉を遠の昔に忘れていた。

グシャッ グルグル・・・・ いきなり和船の穂先が潮に飲み込まれ 回転し始めた。

コージの力など 到底及ばない海原の飛沫が散った。

視野が猛烈な勢いでグルグル回転を始め、思考が一瞬飛んだ。

馬鹿くそッ 声にならない叫びも 渦と時化(しけ)の二重連奏には 簡単にかき消された。

知るはずも無い 洗濯機の中を体験した気分に 体がかき回された。

海に放り出され 意識が徐々に遠のいていった・・・

 

の 時

 

がしッ

 

強く コージの腕を引っ張る 日に焼けた赤銅色の腕があった。

馬鹿たれッ

ワシに無断で 飛び出てからに・・・

意識の向こうで 笑う 秀じぃの顔があった。