小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

続・狂二 波濤編65 最終章後編その四

海の彼方に見えていた 黒い島のような影・・・
ようやく近づくと 影の正体がくっきり姿を現した。
やはり大型の原油タンカーだった。
山陰日日新聞 記者 寺島は キャビンの若い漁師に尋ねた。
「嵐に巻き込まれたのか、こんな場所で立ち往生かな」
「そりゃ違うな。普通はどっかの港に避難するはずなんだが・・・
もしや
あんたが追ってる事件と関係あるんちゃうか 何の事件か知らんけど」
前方を見つめたまま言った。
その視線は船内のレーダー画面と前方とを交互に見つめていた。
小栗と名乗る この若い漁師のおかげで 無事ここまで繰り出してきたのだ。
「あっ・・・まさか・・・」

日本政府に脅しをかけてると言う テロ集団の船・・・
かろうじて 若い船長の前では、その言葉は飲み込んだ。



ガソリンスタンドで見慣れてるマークが見えた。
一応船籍は日本、民間企業のようである。しかし
テロ集団に乗っ取りされている事も考えられる。

「タンカーに乗り込めないかな・・・」
記者魂がもたげた。
「そら 無理や 甲板の高さを見てみろや・・・」
ぶっきらぼうに言ったあと すぐ「え?」

言いながら小栗はキャビン室から身を乗り出し 
怪訝そうな表情でタンカーを見た。
「変だな 昇降用のタラップが出たままになってる」
若い漁師が指差す方向へ目を凝らした。
寺島には最初よく見えなかったが、じっと暗闇の向こうを見ると
 パイプ製の非常階段が見えてきた。今にも風に吹き飛ばされそうな
頼りなげなシロモノだ。

漁師が言うには、通常は 乗船あるいは下船の場合に限りタラップを架けるそうだ。
航海中にぶら下げたままと言うのは ありえないとの事だった。

「こんな所に停泊して、中では何が始まってるんだあ・・・」
永年培ってきた 記者としての勘が再び作動した。
徐々にタンカーに近づくにつれ タラップは手の届くところまで近づいてきた。
空を見上げた。
風雨は徐々に収まりつつあった。なんと黒い雲に裂け目が出来 
星も幾つか見え隠れしている。
だが 波のうねりは依然として高く、出航は無理のようである。

迫り来る身の危機。。。当然考えたが、寺島は乗り移る決心をした。
携帯の充電容量を確認した。
GPSフォンゆえ海上でも携帯がつながるはずだ。
『画像と、記事 携帯メールで何とかなるやろ、送信さえ出来ればその後
この身に何が起ころうと悔いはない・・・
むしろ タンカーに
乗り移らなかった時の方が 悔いが残りそうな気がした。

          ※
その タンカー内・・・・

狭い通路や幾つかの階段を昇り ようやくキャビン室手前の踊り場に出た。

途中 通路の見張りテログループといきなり遭遇したが 
ローレンス、キムジョナンをいまだテロ側の人間と思い込んでいるグループだったのが幸いした。
初戦で発揮した戦法。 油断を与えたのち、いきなりの瞬間全員攻撃により、
20名ほど気絶させる事が出来た。
とりわけ ゴンの力は
群を抜いて卓越していた。

「ちぇ 知らぬ間に腕を挙げたな」
そう言った 竜一も技の“キレ”を見せた。
「もう竜ボンて呼べないな」ゴンがおどけた。

高城は全員を集め、
「最後の確認や」
続けて 「大沢の親方が戻ってくるまで 佐々木君に指揮を頼みたい」
そう言い放った。

「え 常務・・・私になど・・」
突然指名された佐々木が慌ててかぶりを振った。
「皆、聞いてくれ 今は日頃の立場など関係のない非常事態や、こう言う時には
修羅場を経験した 元大阪府警刑事課の佐々木君が適任やと思う」
「えッ 元デカかいな おやっさん その目つき やっぱりな」
ヒロシが声をあげた。

ゴンは 「あっ あの時・・・」
JR環状線車内 それに築港冷凍の手前まで 尾行していた
小柄な男が居たのを思い出した。

「あの時の・・・かい」
「・・・ま、そういう事や」
佐々木がコクリと頷いた。

「では 僭越ながら・・・とりあえず今後の指揮をとらせて・・・」
「余計な挨拶は 抜きや・・・」
高城と坂本が横槍を入れた。
どッと笑いが起きる。

「では 手短に・・・」

作戦と云うのは ローレンスやキムジョナンを テロ側と思い込んでいる
連中が大半と推測され、
彼らを先頭に 我らはロープに繋がれたまま潜入作戦を継続する事にした。

「で、手持ちの武器の確認やが・・・」
佐々木はヒロシの方を向いた。
「腹巻の中 隠しているのを出してくれるか」
「え、気付いてたんか」
云われたヒロシが目をパチクリさせた。
「皆は誤魔化せても ワシの目はなんとかでのぅ、
今さら細かい事は詮索せえへん 何しろ非常事態やから、そいつも貴重な
戦力であるのは間違いないちゅうことや。
ただ 一歩間違えたらとんでもない危険物なことは確かや。どや、
ワシに預けてくれるか」

ゴン以外、周囲に軽いどよめきが起きた。
「うッ・・・・」
どう反応すべきか迷っていた時、ゴンが握手の手を差し伸べた。
つい自然に握り返した。
ゴンと呼ばれる カラのデカイ男を改めて見た。
『ちッ 子供の様な目をしてやがる・・・』
普段であれば 反抗したであろうヒロシも なぜか素直な気持ちが働いた。

素直に腹巻のなかの銃を佐々木に差し出していた。

「よう決断したな、それでええんや」
高城と呼ばれる男が太い声を出した。

「さ、行こか 残りは60人程や」
「インスタント麺 何杯分かな」
誰かが言った。



      つづく