小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

続・狂二 波濤編68 最終章後編その七

持参した小説本 くぎりのよい章を読み終えると、
多美恵は枕もとの電気スタンドに手を掛けた。

横からは 思春期真っ只中、いかにも健康的な少女本来の寝息がようやく聞こえてきた。
彼女の まだあどけなさの残る寝顔を見つめながら 

「ゴンや秀じぃらが帰って来るまで 絶対寝えへんからな」
大声で騒いでいた事を思い出し クスッと笑った。
しかし
離れ島で老漁師とふたりっきりで暮らす様になった身の上話 
そしてなんと云っても今日(正確には昨日)彼女が体験した
衝撃的な出来事を頭のなかで再現してみて 笑みは吹っ飛んだ。

そして この少女にとって 唯一の救い 希望の星 まさしく
言葉通り ヒーロとして出現した“ゴン”の顔が浮かび上がる。




浜での武勇伝や 島伝統の祭り行事における人間わざと思えない
話について 百回は聞かされた。
不登校だった彼女が 再び学校に通い始める決心をしたのは 
“ゴン”の出現が大きかったという。

“ゴン”・・・・コージよりもあの子らしい名前だ。
多美恵もすっかり気に入ってしまい ついゴンと呼ぶ自分が可笑しかった。

そのゴンを探して 遠く離れたこの島までやって来たのだ。

そして この少女・・・
昔 中学教師だった頃の自分に戻り始めている複雑な感情も交差し、少し頭の中が混乱した。
やがて 布団をたくし上げ 嗚咽した。

この先 どうすれば良いのだろう。
それより何よりも ゴンらは無事なのだろうか・・・・

 いつしか風も止み静かになったようだが果たして海上は・・・・

               ※

「ボス 大変です。下の仲間が・・・ ジャパニーズに・・・」
「ジャパニーズ・・・なんじゃそれ」
タンカーの操舵室 船長に拳銃を向けたまま ボスと呼ばれた男が
振り返る。
「・・・ですから下の兵士 殆んど全員 ジャパニーズに
やられてしまい・・・・」

「な、なんだと 何人で乗り込んで来たのだ」

「見たところ 10名ほど・・・あと、ローレンスやキムも奴らに加勢して・・」

「ば、馬鹿な こっちは 百人の筈・・・相手は ジャパン自衛隊の特殊部隊なのか」

「多分・・・・人質の振りをした特殊部隊だったかも。我が軍に残っているのは
ボスと私を含め 操舵室の5人だけです」

「ジャパン政府め 騙したな クソ」

その時、スチール製の階段を駆け上がる音が派手に鳴った。

「予定変更や 全員もろ共 ウメ島に突入や 
船長 タンカー再始動や」
叫びながら 拳銃を船長のわき腹に突きつけた。
続けて
「操舵室の乗組員 縛り上げろ、最後の貴重な人質や」
手下に命令した。

残ったテロ兵士らが慌てて タンカー乗組員らを縛り上げた。

「エンジン再始動 錨を上げよ」

だがしばらく船長は 動こうとしなかった。

「云う事を聞かないと 乗組員をひとりずつ殺す」
平然と銃口を向ける。

「ま、待ってくれ・・・」

ついに船長は 錨の巻き上げのスイッチを押し、エンジン再始動スイッチを押した。



       つづく