小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その1

2010年 3月19日 午後11時

峠のトンネルを抜けると、街の灯がようやく見える。 南紀白浜の潮風を背に 栗原健一は家路を急いだ。 勤め先の“白浜冷蔵冷凍倉庫”、通称白浜冷凍で めずらしく取れた三連休を前に 引継ぎ事項や、その他の申し合わせごとに時間がかかってしまったのだ。

「彼岸の墓参りで串本へ帰省かい、ほな 仕方ないのう」 坂本社長のいつもの笑顔。そのあとの言葉が心を重くした。 「来月から ワシ 大阪へ戻るかもしれん」 「えっ 大将のあと 誰が来ますねん」 「あ、いや まだ噂だけやけん 他言は無用ぞ」 あわてて 否定した。が 社長にしては めずらしく最近 元気が無い様に感じていたのは これだったのか。 栗原は“カワサキ ZEPHYR750”のハンドルグリップを握りしめた。

前方から 無灯火の原付バイクが 凄まじい勢いですれ違っていった。

さらに数分後 爆音がはるか前方から聞こえたかと思うと、 その原付を追いかけるように 数十台のバイクもみるみるすれ違って行った。

派手なマフラー音 派手な装飾やカッティングシールで飾りつけられたバイクら、中には ノーヘルメットの少年もいた。 真面目なツーリング倶楽部とは言えないだろう。

すれ違う瞬間 栗原のバイクを “ちらり”と睨みつける者もいたが それどころではないらしい。

原付バイクを追うがごとく 爆音が遠ざかる。

(この先 白浜冷凍と、さらに逃げても 絶壁、そして海・・・完全に袋小路やがな)

腕のダイバーウォッチを確認

ちっ

まだ “今日中”には アパートへ帰れるやろ

そう決めると同時に クラッチワークですばやく低速にシフトダウン。 少々派手めなタイヤ音を響かせ Uターンを決める。

グイッとアクセルグリップを捻り 全速で 今来た峠道を 駆け抜けた。

つづく