小説の杜

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狂二 Ⅲ 断崖編 その3

2010年3月25日 AM11時40分 大阪市内を縦に貫く 幹線道路“御堂筋” その御堂筋を眼下に望む 田嶋総業大阪本社 役員会議室では 久しぶりに議論白熱、大いに揉めていた。

「お言葉ですが、田嶋社長・・・」 常務取締役 西川章三が立ち上がった。

(また西川の お言葉ですが・・が始まった) 同じく田嶋総業 常務取締役 高城剛志(たかぎつよし)は、 スーツの袖をたくし上げ、腕時計を確認した。 (もう昼前やないか、朝の9時から始まって・・・延々と) 高城は 三年前にメインバンクからやってきた 理屈をこねる西川常務とは そりが合わず、 ことあるたび、意見が対立してきた。


「社長 わ、私は何も 高城常務の昇格に反対しているのでは ありません」 「じゃあ、西川常務、議案の承認でよろしいですね」 疲れきった田嶋社長の声が会議室の壁に吸い込まれていく。

「い、否 何度も申し上げているように 高城常務の 後任の 後任。そっちの方が問題だと申し上げてるのです」 ・・・・・・・・・・・・・・ 話は 7日前に戻る

田嶋総業社長 田嶋竜太は、 大阪府 府議会議員3年目を迎え、いよいよ本業との兼職に支障を生じ始めていた。 会長職への引退を決断し、 後任として 高城常務の社長昇格、同じく西川常務の副社長への昇格を決めた。 最初は固辞していた高城だったが、 どうしても 君に頼む との田嶋社長の熱意に根負けし、 「では社長、その代わりお願いがあります」

両常務の後任として、築港冷凍の中岡社長 白浜冷凍の坂本社長をそれぞれ 田嶋本社に呼び戻し、新常務として昇格させて欲しいという条件が出された。

「なるほど 築港の中岡君 白浜の坂本君 彼らは君の懐刀も同然、それは 賛成。だが、彼らの後任はどうなるのかね」

「それなら問題ありません 中岡君の後には ご子息である 田嶋竜一君が、 白浜には・・・」 少し考え 「河本浩二がやってくれると思います」

「はあ?カワモト・・・て 別名 狂二 て呼ばれるあの男かね」 「そうです」 「う・・・む」 田嶋の顔が曇った。 「二人とも 若すぎるのではないかえ」 「竜一のボン あ、いやご子息は 今年24になられます。社長が会社を 興したのも たしかその年だったと伺っています」

「竜一は まだしも あの狂二 とか云う男だ 問題は」 「社長、大丈夫ですって、奴は 家島いや日本の危機を救った男です」 さらに続けた。 「竜一さんと、共に奴の復帰後 築港冷凍の業績アップの功績をご存知な筈です」

沈んでいた田嶋の顔が ますます苦渋に満ちた顔つきになった。 「あの時の 恩は忘れない・・・だが、あれとこれは 別べつの問題や、 第一 役員会が了承するとは 思えない」

「役員会の方は、私に任せて下さい」

その後 総務部長 業務部長 など 主要な役員会出席メンバーへの 根回しは済んでいた。

議決に必要な票数は押さえ、役員会へ臨んでいたのだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「カワモト・・・彼の経歴書 一体なんですか これは」 西川常務が 叫ぶように噛み付いた。

「西川常務 彼の経歴がどうかしましたか」 高城は、落ち着いた口調で 経歴がプリントされた紙を拾い上げた。

「平成17年3月大阪市立 築港中学卒業 同年 築港冷凍に臨時従業員として勤務 途中 半年ほど 休職期間のち、復帰 現在にいたる」

わざわざ 声をださなくてもよいものを 西川は周囲に聞かせるように読みあげた。

「つまり カワモトは 単なるバイトです、バイト」

「いえ 西川常務 お言葉ですが・・・」 高城の喋り方が 西川に似ていたので、くすっ との笑い声が周囲で漏れた。

「こんなもの誰が作成したのか知りませんが これはミスだらけです」 ひらひらと、もてあそんだ。 「まず 彼は 二年前に家島から 復帰後 正式に社員として築港冷凍に 採用しています。その後 竜一のボン、いや 社長のご子息と共に競うように 築港の業績をアップさせ、今やグループ内でも断トツな会社成績に貢献して いるのは月例報告でもご存知でしょう」

「しかし 高城常務 彼の学歴が」 「それがどうかなさいましたか」 「中卒・・・・」 言いかけて 西川は 一瞬しまった と顔をしかめた。

「中卒を問題にされるなら この私はどうなります」 高城が西川を真正面から睨みつけた。

「あ、いや、き 君のことは 別問題で・・・」 「別問題とは 何が別なんでしょう。地方の中学出身。田嶋社長に拾われなけりゃ、愚連隊もどきな暮らしを続けてました。 それに・・・・ 彼は 先月 大学受験検定試験 通称 “大検”に合格しています。 それには 元中学校教師だった奥方の強力な支えもあったと聞いております」

「え 彼は結婚したのか」 狂二 の噂を知る 他の役員がつぶやいた。 「式こそ まだのようですが正式に入籍したと 中岡君から聞いております」

「議長 もう議論は十分かと思います そろそろ議決をお願いします」 業務部長が声を上げた。

とりあえず 本日の関門はクリアーだな。 あとは 白浜をどう説得すべきか・・・

高城は再び 袖をめくり 腕時計に目をやった。

つづく

※当シリーズは フィクションです。 実在の企業、団体等とは一切無関係です。 (-_-;)