小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その4

2010 3月25日 午後12時30分

「大将、2番にお電話です 田嶋の本社から」 白浜冷凍 事務員の構内放送が休憩室にも響いた。 坂本社長のことを 事務所員までもが“大将”と 呼んでいた。


「あと1手で詰むところやったがな」 持ち駒を両手にジャラジャラ鳴らせながら、大将と呼ばれた 坂本社長が立ち上がった。 「本社への呼び戻しの電話とちゃいますか」

(いよいよか・・・) 将棋盤に独り残された栗原は、仕方なく畳に横になった。 携帯の画面を見ながらも、時折社長の様子を伺う。

胸ポケットから慌てて手帳を取り出し、予定を確認しているようにも 見えた。 いつもは大きい 社長の話し声だが、今日に限って ヒソヒソ話のごとくでもあった。 栗原の耳には届きはしなかった。

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その日の帰り栗原は、馴染みのバイクショップに立ち寄った。 「給料日にしては 閑古鳥が鳴いてら」 「あ、栗やん 久しぶり」

平日の午後8時と云うこともあり、店内に客は居なかった。 奥で修理をしていた店長の 松木はじめが、のそり やってきた。

「飯は喰ったか」 「いや まだやが帰ってから喰う 女房が待ってるけん」 「ほたら コーシーでも入れら」

松木は栗原と同年輩 もう50過ぎの筈だが 真っ赤な“ツナギ” 姿のせいか、いつも若く見られていた。

コーヒーを飲みながらしばらく雑談のあと 気になっていた先週の事を切り出した。

「近頃“族”らの噂、何か耳に入るか」 「噂て?」 「あ、いや・・・実は・・」 先週の一件を話した。

「あ、関係あるかも知れん・・・」 ぼそり・・・と話はじめた。 松木が耳にした話によると 地元ではないが、二週間ほど前から 白浜より北。 海南、御坊、・・そして田辺市と 立て続けに抗争事件が発生していたそうなのだ。

「抗争と云っても新聞記事になる程のデカイ奴でもないけん」 「それでワシが知らんかったのか」 コーヒーを一口すすり、さらに尋ねた。 「これと云う被害は双方にも発生してないんやろか」 「いや、それがどうやら 族のバイクが何台か強奪されたらしい」 「らしい って?」 「これも噂やが、被害届の出しにくいブツだろうと見ている」 「強奪されたバイクも元を探れば、なんとやら・・・か」 「おそらく盗難そして違法改造バイク・・」

ナゾの男が乗っていた異様に速い“原付き”を思い出した。

奴の狙いは バイクなのか? 一体何故?

まあ、それよりも 坂本社長の件、それも気がかりや・・・

礼を言って バイクショップを後にした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同じ頃

築港冷凍では

「ふぇっーくしょんッ」 大きいクシャミの連発が響いた。

「狂二、先週まで勉強のし過ぎで 風邪ひいたのとちゃうか」 「るせい、若ボン」 「何や・・この狂犬・・ひさし振りにやっか」 田嶋竜一が戦闘ポーズを構える。

「いや、止めとくわ、背中が寒い・・・」

「やっぱ風邪やろ」 「かも・・・」

後日 暗雲が立ち込めるとは 知る由もなかった若い二人の 無邪気な会話だった。

つづく