小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その10

2010年3月29日22時40分 白浜よりおおよそ20キロ南東、複雑に入り組んだ海岸線に寄り添う小さな漁港がある。海に面したわずかばかりの平地に山が迫るように張り出している。

ここ「すさみ漁港」では夜半にもかかわらず、調査捕鯨船の出港準備に追われていた。捕鯨と云えば、南紀。というより三重県側に近い熊野灘に面した太地町漁港が有名なのだが、漁船、乗組員の安全を考慮し、ここ、すさみから出漁を始めている。勿論 公(おおやけ)には報道はされていない。

漆黒の闇に覆われていた。 本来なら暖かい南から吹くはずの風も無く、海は不気味な静けさを漂わせていた。

だが、南紀海岸で潜むように停泊していた一隻のプレジャーボートに、数名の人影が動いた。 そしてすさみの動きに連動するが如く、 エンジンがうなりを上げた。闇夜を切り裂くエンジン音とともに VOLVO D6(435馬力)を2基積んだモンスターパワーのそれは、 一瞬でスピードメーターを振り切り、 海上を飛び跳ねるが如く疾走を始めた。

やがて捕鯨船の進路方向に現れたそれは、ターンを繰り返すなど 進路を妨害した。捕鯨船の停止を見届けるとするりと近づいた。

全身黒ずくめ。スキンヘッドの男が発煙筒を投げ込んだ。 さらに漁船めがけ体当たりを仕掛けて来た。 「なにさらすんじゃあ」 「Hey!Stop」 怒号が飛び交うなど普段は静かな山あいの漁港は騒然となった。 調査捕鯨船船長、中本輝男はいつもより執拗で過激な妨害行動に乗組員たちの身の危険性を感じた。

第五管区海上保安本部所属 田辺海上保安部に通報、妨害ボートの排除と公海上に出るまでのサポートを求めた。

「やはり・・・か・・」

田辺海上保安部指令官、村木忠信は昼間、 神戸にある第五管区海上保安本部から、転送されてきた反捕鯨団体“シー・スピッツ”を名乗る者からの電話を受けていた。

「我々は今夜調査捕鯨船が“すさみ”より出港するとの情報を得た、乗組員の安全上の保証は無い」 それだけ告げると、一方的に切れた。 若干言葉に訛りがあったものの流暢な日本語だった。

当然いたずら電話の可能性もあり、村木は捕鯨船船長に確認をいれた。 「はい、余程の事が無い限り、確かに出港予定ですが ・・・どうしてそれを」 「シー・スピッツを名乗る者から妨害予告があったのだが、出港を見あわせられないかね」 「そりゃあ無理ですわ」 船長はにべもなく断った。 「今夜にむけ準備万端整えて来たんです。さらに次の低気圧が近づいていて、今夜がぎりぎりのタイミングなんですわ。 遅らせると乗組員の給料保証の問題もありますよって・・・」 船長の答えはまあ、理解できるものだ。 「わかった。万一の時は急行できるよう準備しておく」 「すんません、助かります」

ここ数年、ますます過激化する反捕鯨を標榜する団体“シースピッツ”の活動に伴い、出港は極秘に行われていた筈。

「なぜ相手方に察知されたのか・・・」 不審に思いながら 村木忠信は 田辺保安部所属の巡視船全て、さらに和歌山海上保安部にも連絡。 今夜に備え、直ちに集結できるよう、配置命令を下していた。

・・・・・ マイクをひったくるように掴むと、村木の声が響く。

「予告通り例の団体が現れた。すさみだ。 抵抗する者があれば容赦なく逮捕せよ。繰り返す直ちにすさみ漁港・・・」

※ すさみ漁港から南東5百メートル、双子山(ふたごやま)中腹地点。 海を見渡す林道横にエンジンを停め、バイクにまたがる黒衣装の男がいた。一心に双眼鏡をのぞいて居た。 地元民でも滅多に立ち入らない山林の中だ。 男は小型のトランシーバ送話口に向かい小声でつぶやく。 夜中の山林 誰にも盗み聞かれる心配などないのだが、 この男の悲しい性(さが)なのだろう。

「こちら6号より亜細亜本部並びに各局。想定通りの展開だ。 田辺及び和歌山海上保安部管轄の全巡視船はすさみ漁港へ集結する模様」

「了解。こちら白浜沖貨物船船内 亜細亜本部。直ちにゴムボートを出発させる。例の倉庫桟橋到着は明け30日零時ジャストの見込み」

「6号から各局へ。桟橋集合は30日午前零時。繰り返す・・・ なお次回送信周波数は20ヘルツアップ」

それを受け5局からの「了解」コールがトランシーバーに響いた。

紀伊田辺雑居ビル4階。 二百人委員会亜細亜本部J国担当リーダー 3号は無線を受け、

部屋中を行ったり来たり、まるで夢遊病者のごとく彷徨った。

(何なのだこの不安感・・落ち着かねば・・・)

テーブル上の地図を広げた。 不気味なほど、想定通りにコトが運ぶ・・・

それが・・引っかかる・・・ こういう時に限って「何か」が起きるものなのだ。 想定以上に、事が運びすぎる・・・ そもそも今夜の作戦変更は 29号の発案と云うのが気に入らない。 過去において、奴に何度煮え湯を飲まされて来た事か・・・

見落としているモノはなかったろうか。 分厚いシステム手帳を取り出した。 ビッシリと今回の最終目的に向かってのプロセス、チェック項目が書き込まれている。 上から順々に追い、塗りつぶしていく。。。

当日まで我々の本拠となるこのビル、この部屋の確保・・ 我々の足となるバイクの手配・・ アドベンチャーランド従業員への工作活動・・・

順に追いチェックしていく。。そして 今夜の武器弾薬陸揚げ作戦・・・ 手始めに 我々のネットワークである シー・スピッツの陽動作戦・・・ 本部貨物船からの ゴムボート そして陸揚げ・・・

そこでペン先を持ち上げたまま停止する。

「はっ!」

蒼ざめた。胸の鼓動が激しく鳴った。 肝心の その倉庫会社についての調べが万全で無いことに気づいた。

通り一遍の調査で、単なる一地方の小さな、営業倉庫と云う事までの調査は済ませた。

単なる1倉庫で片付けたが、果たしてそうなのだろうか。 海岸に自前の桟橋、それも中型クラスのタンカーの着岸も可能な設備を誇るほどの会社なのだ。 通り一遍の調査票では出てこない企業、 あるいは政府と繋がっている可能性だって否定できない。 従業員と、ひと騒動が起き、我々の行動を通報されようものなら、 4月4日当日の本番まで隠し通せるかどうかなのだ。 今夜の事から ”足”がつくなら今までの苦労は水の泡だ・・・

今夜は、徹底的にやらねば成らない。

無用な殺戮は避けたかったが、今夜だけは仕方が無い。。 そうで無ければ、二百人委員会 正式メンバー登録への悲願は、 ますます遠のいてしまう・・・

手首の電波時計を確認した。 集合まであと50分を切った。 現場を見通せる山頂に配置させた13号に携帯で呼び出した。

「様子はどうだ」 「はい・・・どうやら今のところ独りだけで」

「そんなはずは無い、温度管理のため複数名での宿直体制、 もしくは二交代制出勤の筈だ」

「実は・・・」 「実は何だ」

「何かの行事があったらしく、夕方ホテルのマイクロバスが迎えに来、全員出かけてたのです。 ようやく先ほどタクシーがやって来、降りたのは独りだけでした。奴はでかい、“ずう体”してますが、 フラフラの状態で・・・」

「何!なぜもっと早く報告しないのか」

「いえ、何度も携帯呼びましたが、電源を切ってられ・・・」

はっ!・・・耳障りゆえ、こちらからの連絡以外は切っていたのだ。

だが、思わず笑いがこみあげてくるのを感じた。

何もかも 想定以上の展開じゃないか・・・

つづく

※ 当記事は フィクションですので 実在するいかなる個人、団体とも 一切の関係はございません

(-_-;)