小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その16

2010 3月30日 AM7:58

8時前になると、殆どの従業員が出勤し始めた。 始業時間は8時半だが、白浜の朝は早い。

「聞いてほしい事がある。まだ事件とも事故とも不明なのだが・・・」 栗原は事情を説明し、手分けして構内を捜しだす様依頼した。 「えっ 何ですら、それ」 従業員らは一様に驚いたが、出勤時の服のまま、慌てて散ってくれた。

栗原は従業員たちを見届けたあと、もう一度2階に上がってみた。 ベッドの枕側のテーブルの上には財布や免許証、小銭入れが無造作に置かれていた。

嫌になって大阪へ逃げ出したとは 到底考えられない。 さらに言えば昨夜着ていたスーツやネクタイはベッドの上に 脱ぎ散らかしたままだった。 (昨夜は相当呑んでいた筈だ、やっとの思いでベッドまで たどり着いたのだろう)

そのくせ壁のハンガーには支給された作業服が 丁寧にかけられていた。 ふと、防寒ジャンバーが見あたらないのに気づいた。 (作業服と同時に支給されたはずだ) 何か不測の事態が起こり、防寒ジャンパーだけ引っかけ、 外に出たと考えられるのではないか。。

酔いが覚め、ある程度の判断力が回復してからだろうから、深夜 から朝方にかけてか。。。

は!そういえば・・ 階段をかけ降り、確認した。 サンダルや、大阪から履いてきた少々派手目なエナメルの靴は ”上がりかまち”の下に脱ぎ捨てられていた。 だが、何処を探しても支給されたであろう安全靴は見あたらない。 ジャンバーに作業靴・・・

冷蔵、冷凍エリアに行かせたシュウジを携帯で呼び出す。

待ちかまえていたのか、1コールで出た。 「連絡しようと思ってたとこです。 ここには居られないと思います。セキュリティを解除した形跡も見られず、 勿論出入り口は全て施錠されたままでした」

警備会社との契約で24時間監視のセキュリティが張り巡らせてあった。 中へ入るには数カ所の暗証キーを操作してから初めて鍵を開けられる仕組みになっている。新社長には最低限必要な1箇所の出入り口だけ教えていた。

「念のため警備会社に解除した形跡があるかどうか聞いてみる」

事務所に戻り警備会社に電話を入れる。 「ワシや、白浜冷凍の栗原や」 「ああ栗原さん。念のためセキュリティーコードをお願いします」 きわめて事務的な声が返ってきた。

「くッ この忙しい時に・・・エックスゼロゼロサンの・・・」 「了解です。しばらくお待ちください」 おおよそ30秒待たされたのち、再び事務的な声が返ってきた。

「先ほど午前8時ゼロ8分の解除記録だけですね。 昨日16時ジャストの施錠後一度も開けられてません ・・・ですが、なにか事故か不具合でも」

「あ、いや。参考までに聞いただけやけん」 受話器を置いて肩を落とした。 捜すのは構内だけでなく、外まで範囲を広げろってコトか。

まずは昨夜のタクシーの運転手や。 ここまで送り届けた時の状況を聞いてみる必要があるかもだ。 送り届けた時、酔いの状況は? 周囲の状況はどうだったか?等々聞くべきコトが山ほどある。

始業時間を告げるサイレンが鳴った。

どうしても手の離せないオペレーターには通常の業務に戻るよう 指示したが、 作業に余裕のある何人かには あと1時間だけ構内、周辺を捜すよう 指示した。

見かねた経理の沢田由紀恵が「警察への届けはどうしましょう」 と聞いてきた。 坂本前社長をつかまえ「大将」 と初めて呼びかけた伝説な彼女も動揺が隠せない様子だった。 事務所内を右往左往している。

「はは、まだ事件かどうか分からない内にそれは無いけん」

俺が落ち着かねば・・・ わざと明るく答えた。 それに・・・ 行方が不明。たったそれだけで官憲が直ちに動いてくれる筈もない。

答えたものの、不安がよぎる。これは事件なのだろうか。 着任早々の新社長が行方不明だなんて。

栗原は配送主任の源田を呼び出し、本日すべきだった業務を頼み込んだ。 「ああ、全然大丈夫です」 それより・・・源田が続ける 「新社長と一緒に行かれる予定だった銀行とかへの挨拶まわりは?」 「銀行には本日伺うとは連絡して無かった筈や。後日で良いだろ」

(果たして その後日が来るのだろうか)

免許証と財布を確認しバイクの鍵を掴んだ。 「ちょい出かけて来るけん」 「こんな時 どちらまで?」 沢田嬢が怪訝な顔を向けた。

「先ずは白浜観光タクシーや、昨夜新社長を送り届けた運転手を 捜し尋ねてみる」 云いながら事務所を出た。

ふと駐輪場の手前で立ち止まった。

まてよ・・ 納得いくまでもう一度、自分の目で構内を確認して見るべきでは ないのか。

あ! 海側。桟橋。。。 従業員に行かせたきり、自分の目で一度も状況を確認していなか った。 県道だけでなく、外部と繋がっている重要なポイントだ。

ワシともあろう者が・・ やはり動揺しているのだろか。。。

木々を揺らし 時折大きい風が鳴る。 潮風が火照った顔に心地いい。 今日も快晴やのぅ。少し寒いが。

桟橋エリア。。。 一見したところ特に変わった様子はなかったが、 ふと視線を落とした時だった。 桟橋の手前、荷揚げ広場コンクリートの上。 5センチほどの赤黒いシミが広がっているのに気づいた。 昨日までは無かったシミだ。油染みでもない。油なら黒だ。 (・・・血痕・・・!) 慌ててしゃがみ込む。 どうみても血痕以外のなにものでも無かった。 さらに周囲に注意をむける。 良く見るとおおよそ半径8メートル内に数カ所も 見つかった。だが、それ以上広がらず半径内に収まっていた。

携帯でクレーンオペレーターを呼び出した。 ヘルメットを小脇に抱え、大急ぎでやってきた。 「ええ、初めて見る染みです。それより栗原さん。あれ」

クレーンオペレータが指差した方向に視線を移した時だった。 傍らにミニバイクが段ボールで隠すように放置されていた。

ハッ! あの時のミニバイク・・・ 二人、大急ぎで駆け寄る。

艶消しのスプレーでブラックに吹き付けられていた。 間違いない。あの夜、男が乗っていたバイクだ。 ナンバープレートは外されていた。 あの夜暗く、ハッキリとは見なかったが、間違いなく黒色のミニバイクだった。

十数名の暴走族をたった一人でそれも短時間で倒す程の男。。

くそう・・・ここで何かあったと言うのか・・・。

ゴッ

おもわず拳でミニバイクを打ちつけた。

坂本社長にまずは報告すべきか。。。 いや・・・新社長の家族が先か。確か結婚したばかりだという。

携帯を取り出した。 先日苦労して 携帯に登録したばかりだった。

フリップを開け、

「いやいや」 かぶりを振ってそのまま胸ポケットに仕舞い込んだ。 (まだ何もわかった訳ではないじゃないか。 連絡するのは後でも遅くはない。無用の混乱を招くだけや)

それより・・・ 手がかりをひとつ得たと確信した。 あの時の暴走族。 まずは奴らを探し出すコトや・・・

※ ブルーシートとロープを何とか切り裂いた。 束縛から解放された二人が砂浜を走る。

左足の痛みは、完全に消えてはいなかったが、 走りながら浩二は イザという時、痛みも忘れるものだなと悟った。

「プファー 間に合ったぜ」 「ああ」

海に向かって 仲良く放尿をしていたが、

「ところで ここは一体・・・」 男がつぶやいた。

浩二も周囲を見回し 唖然とした。

海側以外 三方は切り立った険しい崖がそびえたっていた。 崖の向こう側には、平穏が待っているのか、 それとも崖のままなのか、今居る場所からは何も見えなかった。

ただ見えるのは 雲ひとつない青空と 時折大きく打ち寄せる 青い海の波だけだった。

「ナイフ とりあえず返してもらおうか」

この男も 一体何者なんだ。 昨夜の他の連中は何処へ・・・

男に蹴られた左足が 思い出したように 疼き始めた。

沖のさらに向こう 白いカモメが一羽舞った。

小便のあと、急に喉の渇きを覚え、水が飲みたい! と心の中で叫んだ。

まさかココは無人島じゃないよな。

自分に言い聞かせていた。

就任二日目 白浜冷凍の皆は今頃・・・

それより何より 多美恵の顔が浮かんだ。 あの携帯も一体どこへやら・・・

つづく

※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体とも 一切の関係はございません

(-_-;)