小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その21

「すんまへん。おそらくですが・・・紀伊田辺のチームの子で・・」 紀伊田辺バイク用品ショップ「ロードパーク」の店主が喋りだしたその時、 栗原の携帯が震えた。

! 大将だ。

坂本鉄也 元白浜冷凍社長の名がディスプレイに光っていた。

どやしつけられる・・・覚悟を決め応答ボタンを押した

「栗か、えろう苦労かけてるのぅ、すまん」 意外にも 第一声は坂本の侘びだった。 「あ、いえ 大将 すまないのはワシの方です。昨夜 奴・・いえ、 新社長を一人で帰らせなければ、こんな事に・・・」

 

「そりゃあ違う。おまはんの所為やあらへん、それより、 まだ見つからへんのか」 「は、はい 今の所・・・でも僅かですが、手がかりらしきものが、 それに高城社長からの依頼で 佐々木事務所の若い方も駆けつけてくれましたけん、 今 一緒ですわ」 ショップの店主と話しこんでいるヒロシを振り返りながら答えた。

「ワシも駆けつけたいとこやが、色々あってのぅ、用事片付け次第、 そっちへ行くけん、しばらく頼む。・・あ、はい、今 戻りますけん ・・・あ、すまん じゃ、また」 最後は誰かに呼ばれたのだろう。ツーツーツーの音が むなしく響く。

こみ上げてくるモノを我慢し、終話ボタンを押した。 どやしつけられるどころか、朝から走り回っている自分へのねぎらいの電話だった。 人を動かすと云うのは こういう事だろう。 あらためて栗原は坂本の大きさを知った。

※ 2010年 3月30日午後4:25 「地図ではこのあたりっすね」 軽トラックの助手席で、標識と地図を交互に見ながら”ヒロシ”が云った。 県道を北上し、隣町のM市との境までやって来ていた。

助手席側、窓の向こうには、リズム良く繰り返す白波の海の青に、 夕日の赤が染まりつつあった。 夏のシーズンには都会からあるいは周辺の県民たち海水浴客がどっと繰り出し、 延々と渋滞が発生する地点で有名だが、 さすがにこの時期、県道は空いていた。 山側には梅林がぽつぽつ顔をのぞかせ始め、梅林作業の軽トラックが数台行き交い始めた。

栗原が運転する軽トラの荷台に積載の原付バイク。 その持ち主が勤める梅干し加工会社もまもなくのはずだ。 紀伊田辺のバイク用品ショップ「ロードパーク」のオーナーから 聞き出した番号をヒロシがプッシュした。 何度めかの呼び出しコールでようやく出たようだ。

「あ、村井君?ロードパークのオヤジから聞いてると思うけど、 もうすぐ会社に現着やが都合いいかな・・・・え?・・・ちょい 、待って」 運転する栗原をのぞき込み 「仕事場では勘弁して欲しいそうですわ、仕事も5時には、定時 やし、近くの喫茶店で待ってて欲しい。そないに云ってますけど」

「なるほどな、会社には知られたくないんやろ、仕方あるまい」 栗原がうなずく。 「分かった。でその店は・・・なんや、さっき通り過ぎたところや、Uターンかい」

夏のハイシーズンでは、客がどっと押し寄せるであろうその店は、 駐車スペースが広々としていた。だが、その割に店そのものはかなり小振りだった。

二人が入ると カウンターに腰掛け、携帯の画面をのぞき込んでいた茶髪の女が振り向く。

ワンテンポ遅れ、「らっしゃい」 けだるそうな声がカウンターの奥から聞こえた。

客に思えたカウンターの女がおしぼりと、水を運んできた。 「いらっしゃいませ、メニューはこちらです」 間近で見るとあどけなさの残る少女だった。

カウンターの奥でスポーツ紙を広げていた男もまだ若そうに見える。

栗原とヒロシを"ちらり”見据えると、ようやくスポーツ紙を折りたたんだ。 その仕草、男の目つき、茶髪の少女。 外見だけで判断すると痛い目にあうこともあるが、 間違いなく(族)に関係する者の店と栗原らは見て取った。

だがテーブルや椅子にはチリひとつなく、店内も掃除が行き届いていた。 趣味の良い内装、装飾物や備品、照明、BGMのスローテンポなジャズの調べ。 ・・・いずれも栗原の好みのものだった。 本当のオーナーは別に居るのだろうか? 栗原はふと思った。

「ねえちゃん悪いな、一番安い奴でええわ」 ヒロシがおどける。店の雰囲気はヒロシにとっても満更ではなさそうだ。

「じゃあウォーターのお湯割りで」 少女が笑う。

本日何杯めかの珈琲を口にする。 薫り、味ともに 本日の一番だった。 啜りながら (果たして 河本社長は何か口にしているのだろうか) 栗原は胸が痛んだ。

しばらくして、少年が駆け込んできた。 梅干し加工工場の作業服のままだった。

「先輩 おじゃましまっす」 先ずは奥のマスターに声を掛けた。 (やはりな)

栗原と目が合い、 「あ、あのときの」 二人同時に声を発した。 作業服で最初わからなかったが、確かに白浜に居た少年だった。 男に鉄パイプで吹き飛ばされ、栗原が止めなければ、頭をやられ ていた。

「やはりのう」 「あのときはありがとうございました」 礼儀正しく、頭を下げる。

「早速やが、駐車場の軽トラに積んでいる原付・・・」 栗原が云いかけたとき 「ありがとうございます。店に入る前、確かめました。俺のです」

「やはり・・・あの時の男に奪われたんか、わしらあの男を捜してる、 事情があってのぅ」

「あの晩は、集会やったです・・・」 「集会でか」 「あ、いえ 奪われたのはその二三日前の深夜やったんです。 用があって一人で流してるとき、突然飛び出してきて・・とっさに ハンドル切って、こけてしまい。しかしそいつはジャンプでかわしよったんです。」 「場所はこの辺りなんか」 「いえ、市内でした。紀伊田辺の」 「人通りとか、他に車とかは?」 「市内といえ、紀伊田辺ですけん、深夜は誰も・・車とかも」 「で、あっさり 奪われたんか」 「はぁ、恥ずかしい話やが・・んで、集会には ツレの単車のケ ツで参加してた時、またもそいつと遭遇したんですわ」

「それで白浜まで奴を追い駆けて・・・てか」 「は、はあ。しかし今 思えば 集会で遭遇したのも偶然じゃなく、 奴の方から後をつけてたようなんです。 原付きではなく 大きい単車を狙ってたんじゃないかと。御坊市 のチームから聞いた話ですが、同じように単車強奪があったらしく」

「その話 ワシも聞いた。族狙いがアチコチらしいの。御坊や海南市も。 で、どれも奴の仕業やろうか」 「それが、御坊の子から聞いた人相は ちょっと違うようなんです。 僕が遭った奴に比べ 濃いっつーか、南国調な雰囲気やったそうです」 「え、奴の人相 君は見たんか?」 「最初の晩 しっかりと。日本人やないと思います。言葉もどこかクセあったし。 アジアそれも東アジア系かと」

「君が遭った奴は紀伊田辺市内に住んでるふうか」 「さぁ、そこまでは。ただ あの時間帯に出没となると市内のどこかに住んでいる筈なんですが。」

そこまでしか聞けなかった。 ただ あの時の男は紀伊田辺市内のどこかに住んでいる、もしくは住んでいた可能性があるといえる。

ただ・・・御坊市や、海南と広がっているとなると・・・ これ以上いつまでも会社を留守にするわけには行かなかった。 栗原が顔をしかめた時

「ワシ 海南や御坊市の方 あたってみます」 佐々木事務所のヒロシが云った。 「そうしてくれるとありがたいが・・・」 「はは、仕事ですけぇ。その為にワシが派遣されて来たんですけぇ」

※ 「はは でかい蛸が獲れたぜ、焼くも良し、刺身でも良し」 男が沖合いから戻ってきた。

ぐらぐら煮える 海水の鍋にそいつを放り込むや びしょ濡れの体を 脱いでいたシャツでふき取った。 「ひゃー焚き火がありがたい」 浩二が薪をくべる火の前にしゃがみこんだ。

「なんでも出来るんだな」 「ああ、傭兵暮らしが長かったから」 「ヨウヘイ?」 「雇われの兵士や」

あたりはすっかり暗くなっていた。

「ところで 今日は何日だっけ 日本時間で」

焚き火の前で ぽつりぽつり 男が喋りだした。

潮騒と崖の中腹に僅か生い茂っている木々の葉っぱを 揺らす風の音だけが聞こえていた。

「何日だろうが、今の俺らに関係あるのか」

「少なくても 俺にはある・・・」

そう云って 海の向こうをいつまでも男は見つめた。

風は海のほうから 吹いていた。

つづく

※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名とも 一切の関係はございません

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