小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その22

2010 3月30日 18:30 紀伊田辺駅前 雑居ビルの玄関ホール。 男は、古ぼけたエレベータの「呼」ボタンを押した。 手には3軒のコンビニを回り、買い集めた夕刊紙や食料、缶ビールが 入ったレジ袋をぶら下げている。 一応、地味な灰色のスーツに紺色ネクタイでビジネスマンを演出している が、浅黒で、彫りの深い濃い顔とはどう見ても、違和感があった。

”ガタッ グィーン”重厚な音をたてやってきたエレベーターに乗り込む。 カビのような、機械油のような何ともいえない独特の臭気が襲う。

(ちっ、この臭い。そういえば29号よ、天国へたどり着いたろうか。 許せ。29号が嫌っていたこの臭い。この臭いともあとしばらくの辛抱・・) 毒づきながら4のボタンを押す。 ガタッ グイーーン ゴロロロロ・・・今にも停止するかのような唸り声を吐きながら、駆けあがった。

 

扉が開く。目の前に、「東南アジア貿易振興会」のプレートが現れる。 地方都市の古ぼけた雑居ビルの一室に、 東南アジア貿易もへったくれも無いだろうと思うのだが、此処に移り住み、 特に怪しまれることもなく1ヶ月が経とうとしていた。

「6号、ご苦労だった」 [夜明けの黒い星]リーダー3号は夕刊を受け取るや、さっそく社会面から確認を急いだ。 「今のところ、水死体発見の記事は出ていない。倉庫会社従業員の行方不明の記事も」

3紙とも読み終え、安堵の表情を浮かべた。 「倉庫会社では大騒ぎでしょうに、それおかしくないですか」 片言の日本語は話せても、漢字の読めない6号が訊いた。

「大の男が一日ぐらい、消息不明と云うだけでは事件扱いにはならない。 ポリスも事故か、事件あるいは単なる失踪かどうか慎重を帰すはずだ」

「そんなもんですかね」 13、14号の双子兄弟もうなずいた。

その時、プ、プルル・・。カタカタ・・・電子音を立て、FAX機がA4紙を排出し始めた。

数十秒後、排出された用紙を拾い上げた3号の表情は、みるみる変わった。

「昨夜の営業倉庫、そしてあの野郎、トンデモな奴らだ・・・」 言い知れぬ不安感を持っていた3号は、 「あの時の胸騒ぎはこれだったか・・・」肩を落とした。だが、 部下らに悟られてはならない、努めて冷静を装った。

二百人委員会の幹部を通し、某国、諜報機関に依頼していた調査報告がようやく来たのだった。

築港や、家島に於いて、国際テロ組織の主要メンバーが壊滅した攻防事件。 日本政府は国民の動揺を恐れ、国際的テロ組織が日本国内に潜入していた事実を、ひた隠しにしていた。 勿論アメリカ国防総省ペンタゴン)や、CIAの意向も強く、極秘の内に処理された事件。 そのいずれにも系列倉庫会社の幹部や、従業員が係わっていたことを、この報告書は告げていた。

「我々のネットワークのひとつでもあったアレ・カイーナ。彼らを壊滅させたのは奴らだったのか。さらに驚くべきはあの若い大男だ。 白浜に新しく赴任してきたプレジデントらしい」

「えっ!そんな馬鹿な、それこそ奴のカンパニーは大騒ぎだろうに」

「問題はだ・・・」 一呼吸おいて3号が続ける 「白浜と比較的近いこの地で、4日まで隠れ通す事が出来るかどうかだ」 3号の顔は憂いを増した。

「それに、29号と一緒に発見、引き上げられでもしたら、 我々に捜査の手が延びるのも時間の問題じゃないですか」 6号たちが気色ばんだ。

「此処の引き払いを早める事も考えておく」 ファックス紙に視線を落としたまま3号が云った。

※ 「中岡常務、お話が」 田嶋総業本社、ようやく長い研修を兼ねた会議が終わった。 役員会議室を出る時、坂本が呼び止めた。 築港冷凍社長だった中岡も、坂本と同じく、本社の常務取締役に抜擢されていた。 「何かあったのですか、昼過ぎから突然、坂本さんの表情が・・・」

会議室の奥で、まだ居座っている西川副社長と視線が合った。 二人をじろりと見ていた。 「ここでは何ですけん・・・」 坂本は階下の自動販売機前に誘った。 二人だけを乗せたエレベーターが降りる。

「私、エレベーターがあるビルでの会社生活が夢でした」 中岡がつぶやく。 「それはそれは」

終業時間はとっくに過ぎており、1階フロアー奥にある自販機前に社員の姿はなかった。ちょっとした休憩場にもなっており、 また来客と簡単な商談を行える様、テーブルやソファーも用意されていた。

「茶でいいですか」 「あ、申し訳ない」小銭を出そうとする中岡に 手で制し、「ワシが誘ったけん」 坂本は素早くコインを入れ、”茶”のボタンを押した。

二ツのカップの茶をテーブルに置き、 坂本はいきなり切り出した。 「白浜に行った浩二君・・行方不明ですのや」 「え!今何とおっしゃいました」 日頃は冷静で、穏健な中岡だが、思わず大声を上げた。

「中岡常務、声が・・・」 一階、出入り口付近では警備員が立っている。 高城を敵対視する西川副社長の腹心とも限らない。 「あ、すみません、つい・・・で、彼が行方不明て?いつから? なんでまた?いつ 知ったんです?確かなんですか?」 立て続けに訊いた。 何といっても、数日前まで 河本浩二は 中岡が社長を務める 築港冷凍の従業員だったのだ。 ヤンチャな河本の資質の良さを 早くから見抜いたのも中岡だった。

「今朝、栗原・・・あ、白浜の専務です。その彼が出勤時には既に 消息不明やったて、云うんです。今 あちこち駈けずり廻ってくれてます」

「そんなぁ、まさか・・・またあの時のような事件に巻き込まれて、 なんて勘弁です・・・で、高城社長はこの事を、それより彼の奥さんはご存じで?」

奥さんが浩二君の携帯にいくら掛けようと、繋がらなかったそうなんです。 それで高城社長に相談したことから発覚した。ワシは昼過ぎ、高城社長の秘書から聞いたんですわ」 「あぁ、あの時。そういえば、あれから坂本さんの、表情冴えませんでした」

「それでや、ワシ一刻も早く白浜へ帰りたいんやが、西川副社長の目が光っとる。 高城の兄ぃ、あ、否、高城社長から聞いたんやが、浩二君を白浜の社長へちゅう件は 西川副社長が猛反対だったそうや。 おそらく今でも、だからこの事は 当分極秘での処理になる」

「じゃあ、警察への捜査願いも 未だで?」 中岡が訊いた。 「未だや、その代わり あの情報屋へ依頼を、早速、高城社長が手配してくれた」 「なるほど、彼なら心強いですね。しかしまあ、こういう時、 よりに寄って高城社長も会長のお供で、東京とは・・」

「じゃけん、頼れるのは 中岡常務だけやけん、頼みます」 「いやいや、坂本さん こちらこそよろしゅう」

中岡も頭を下げた。

※ 「じゃ、そろそろ行くか」 栗原とヒロシが立ち上がろうとすると、奥から若いマスターが 駆け寄って来た。

「この度は 色々すみませんでした」 栗原に頭を下げた。 「え? いやいや ワシ何もしとらへんがな」

「いえ、白浜の断崖での事 聞いております、で あの男を捜してるとか、 あ、いえ つい聞こえてしまったので」

「んまあ、事情があってのぅ」

「俺らも 協力できることあったら何でもしますけん」 「そうか、そりゃ心強いわ、マスターはこのあたりの頭なんか?」

「いえいえ、先輩はこのあたりだけでなく、南紀一帯の連合総長やったです。昨年引退しましたけど」 村井が言った。

「んじゃあ、御坊とか、海南市とかも 顔が利くんか」 ヒロシが訊いた。 「はぁ、恥ずかしながら・・・」 「そりゃあ、心強いわ」

「ですけん、謎の連中に海南の仲間も、単車強奪され 何とかせにゃいけん、 云ってたとこなんですわ」 「なる程のぅ」 栗原は大きく頷いた。

つづく

※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名とも 一切の関係は ございません

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