小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その24

2010年3月31日 AM6:20 白浜冷凍、事務所のガラス窓を叩きつける雨音で、栗原は目覚めた。 風も強いのか、電線の唸り声も結構大きい。 真っ先に気になったのは、新社長だ。この風雨は凌げているのだろうか・・・ まさか、屋外で野営とかじゃねえだろうな。

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栗原は 昨夜遅く、佐々木探偵事務所の仲村弘と、白浜駅前のビジネスホテルで別れたたあと、 結局気になって白浜冷凍に舞い戻った。

事務所には配送主任の源田とシュウジが残っていてくれていた。 「なんだ、まだ残ってくれてたのか」

「あ、お帰り、お疲れ様です」 源田とシュウジは応接テーブルを挟んで、将棋の真っ最中だった。

「さっきまで沢田嬢も居てくれてたんですが、亭主がうるさいけん、 お先失礼します、ちゅうて。何せ二晩続けての連ちゃんはキツイけん、いくらおとなしい亭主や言うても仏の顔もなんとかちゅうて」 源田が将棋盤から顔を上げながら云った。

「なるほどのぅ。明日、礼を云っとく。で、何か社長の件で連絡とかは?」 何か進展があれば携帯に連絡するよう頼んでおり、 何も進展がないのはわかってはいたものの、念のため訊いた。

「いえ、何も」 神妙な顔付きで首を横に振る。

「やはり・・・。ところで、おまはんら、飯は食ったのか」 「あ、はい町村夫婦が、気ぃ使ってくれ、ごちそうに、なったとこです。 栗原さんの分も残してるけん、もし晩飯まだやったら何時でも来るように、云ってました」

茶店のマスターが、「晩ご飯、作りますけん」 ヒロシと一緒によばれていたのだ。 「それは悪いことした。あとで顔出してくる」

9時過ぎに二人が帰ったあと、食堂をのぞく。 本来ならば、新社長の世話役をする筈の町村夫婦が駆け寄る。

「栗原さん、お帰り、で、社長は?」 「いや、まだや・・・でも手がかりは掴めたけん」 朝から一緒に心配していた町村たちに一部始終を話した。

「明日、雨になるちゅうて、天気予報がゆうとりました」 「雨・・・・とな」 ・・・・・・・・・

何か連絡があるかも、と云うので結局、事務所のソファーで泊まり込んだのだった。 今でこそ、24時間、自動温度制御システムが完備。 警備会社とのタイアップもあって、宿直制度はなくなったが、数年前までは会社での泊まり込みは日常茶飯事だったのだ。

「今夜会社に泊まるけん」 女房に電話しても「あ、そう」 それっきり、理由など特に訊き直すなどはなかった。 それはそれで、少し寂しい気がした。

(河本の奥方も、こう云うのに慣れてられると良いのだが・・・)

事務所の電話機が留守電を知らせる赤ランプが点滅しているのに気づいた。

寝込んでいるうちに電話があったようだ。

慌てて再生ボタンを押す。 「えー、こホン」軽い咳払いのあと 「佐々木事務所の佐々木と申します。明日31日は、二、三軒回ってから そちらに伺いますので、場合によっては昼過ぎになるかもです。では明日また」

凄腕だという、佐々木所長がいよいよか。 それより、うっかりしていたが、今日は月末なのか、”棚卸し”やら、 集金やら、目一杯忙しいのぅ。。。 頭を抱え込んだ。

※ 2010年3月31日 午前8時20分 白浜駅前 ビジネスホテルロビー

佐々木は、先に派遣させたヒロシから報告を受けていた。 「なるほどのぅ、そこまで掴んだか、一歩前進やな」 「はい、ですからワシ、あ、いや、自分これから御坊とか海南へ足を伸ばしてこよう思うてます」

「よし、わかった。あんまり無理せんように」 「はぃ、で、所長さんは今から白浜冷凍へ?」 「いや、県警とか、海上保安部、とか先、寄ってみる。捜査願いはマダやから、大っぴら には聞けないが、ああ云うところへ行けば、なんらかの情報が入る。直接的でなくとも、何かの手がかりらしきものも入るものや。今度機会があったら、同行せい」

「は、はい」

素直にうなづくヒロシを見、 佐々木は(見込んでいた通りや)なぜかうれしくなった。 どこへでも、誰にでも、遠慮なく入っていける、というか、 初対面からいきなり相手側と溶け込める性格だと見ていた。 持って生まれた、彼のいわば天性の素質だ。 こういうモノは教えられて会得などできるものでは無い。 時には他人のフトコロに土足で入り込まねばならない探偵稼業にとって、 必要な資格だとも思っていた。

ヒロシを事務所に引き入れる時、高城に相談したときの事を思い出した。

「高城常務、家島騒動の時に居た”ヒロシ”て、覚えてはりますか?」

「あぁ、えらく元気で、皆を笑わしてた奴のぅ、後で現役の組関係と聞いて皆ビックリしたがな。で、奴がどうした」 「奴の組はもうすぐ解散です。で、奴をうちの事務所に入れようと、思てます」

「は?」 しばし、佐々木の目をじっと見たまま沈黙していたが、 「世間の目て、並大抵のことじゃすまんぞ、何かあったとき奴をかばいきれる自信や覚悟はあるんか」 「そりゃあ、勿論です」 再び佐々木の目を覗き込んでいたが、

「じゃあ、決定でいいんじゃあねえか、第三者のワシがどうのこうの、 口出しすることやない。それに、ワシに相談て言いながら、おまえの腹は決まっとるんやろ?」

図星だった。

高城は笑いながら続けた 「元刑事と、元極道の名コンビ事務所やないか、結構受けるぜ。そういえばや、 今、思い出すと家島の時からお主ら結構、息があってたぜ」 「は、ありがとうございます」 最大のスポンサーの公認を得た瞬間だった。 ・・・・・・・・・・・・

ヒロシとロビーで別れたあと、フロントで町の図書館を尋ねた。 県警や海上保安部に行く前に、図書館で予備知識を得ようと思ったのだ。

「お客さま、もうしわけございません、隣町の田辺市ならございますが」

「温泉観光地なここで無いとて、文句も言えんわな」 「はぁ、申し訳ございません」

隣町、田辺市立図書館には車で20分程だった。 容赦なく叩き付ける風雨が邪魔をした。 かれこれ15万キロは走っているカローラ。 フロントガラスを拭き上げるワイパーの動きが散漫だ。 ホテルのフロントに聞いた駐車場を見過ごしてしまい、結局同じ場所を何度も往復する羽目に。

ようやくコインパークの駐車場を見つけ、入ろうとした時だった。

!!

浅黒い顔の男が透明のビニール傘を差し、歩道を足早に歩いていた。 一応髪は七三に分け、グレーのスーツを着込んでいる。 男を見た瞬間、違和感を感じた。

急いで空いてるスペースにバックでカローラを滑り込ませた。

違和感の理由が解った。ビジネスマン風の割に、奴は手ぶらだ。

勿論 手ぶらでのサラリーマンは結構多い。それだけの理由で判断するのは危険かも知れない。だが、長年の”勘”には自信があった。 滅多に狂うことは無い。 図書館へ入る前に尾行を決心する。

ヒロシから聞いた、不審な東南アジア系人の話もあったから尚の事だ。

慌てて歩道に出た。

しかし、一歩遅かったのか姿を見失っていた。

雨は、ますます勢いを増し、叩き付けるように降り、 無人の歩道を濡らしていただけだった。

つづく ※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名とも 一切の関係は ございません

(-_-;)