小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その30

2010年3月31日深夜 日付はまもなく変わろうとしていた。 雨はすっかり止んでいたが、かき分けるブッシュには無数の棘があり、 ポンチョ代わりのブルーシートを二人とも被ったままでいた。 例の崖を登りきったあと、獣(けもの)道すらない坂を転げるように下った。 ようやく緩やかな傾斜になったが、周囲は棘のある藪だらけだった。 藪をかきわけながら、二人とも無言でただひたすら歩いた。 (この男、仲間に裏切られ一体これから、どうするつもりなのか。 そもそも、その仲間というのは、一体何の組織なんだ) 考えながら浩二は歩いていた。 「麓(ふもと)までどれぐらいかな、先が見えそうで見えない」 浩二が訊いた。 眠気と疲労は既に限界を越えていた。 (こやつの素性どころではない) あの崖を登り切った時点で、体中の筋肉は悲鳴を上げていた。 常人ならとっくにダウンしていてもおかしくはなかったろう。 「早くも弱音か」 云う男の声も、かすれがちだ。 先ほどからしきりに欠伸をかみ殺している。 「眠いだけや」 「麓は無理だとして、もう少しの我慢だな、このブッシュを抜けると、手頃な洞穴でも見つかりそうだ」 だが、手頃に寝る場所など、簡単には見つけられなく、その後もしばらくは、ただひたすらに歩いた。
ようやく棘だらけの藪が少なくなりつつあった。足元に枯れ葉が目立ち始め、歩くとカサカサ音が鳴る。 見上げると、高木がそびえ立っていた。針葉樹の一群が見事なまでに広がっている。 棘(とげ)だらけの藪に、ようやく解放されたのだ。 「ひのき、けやき達だな」ぽつりと男が云った。 枝と、葉をしっかりつけた大木が壮観な景色を見せ、昼間ならさぞかし感動的な景色なのだろう。 斜面の下の方からは朝からの雨に勢いを増した川の水音が聞こえ始めた。暗闇ではっきりとした地形は見えなかったが、木々を揺らす風音や、川の音でなんとなく壮大な景色が目に浮かぶ。 川音をたどれば、人の住む街に出れる勘が働いた。 崖の頂上から眺めた限り、孤立した島で無かったことはおぼろげに掴んではいたが、それは今や確実となった。 これだけの山林、山仕事で人が入る事もあるのではとも考えられる。 そのうち林道でも見つかる筈だ。 男がひときわ大きい大木を見つけた。見事なまでの枝や葉をたくわえている。 その樹の下はあれほど降った雨にもかかわらず、濡れずにいた。 「寝床に丁度良い、決めた」 男は樹の方向を指さした。 洞穴はとうとう、見つけられなかったが、雨露を凌げるには充分な樹と言える。 「俺を嗤う前に、すでに限界だったのかよ」 浩二も樹の下での休息を決めた。 安心感から、我慢していた眠気が襲う。 「ポンチョ代わりのブルーシート。シュラフ代わりとして三度(みたび)役に立ったな」 男に話しかけてみたが、返事はなかった。 早くも寝息を立てていた。 浩二の場合、横になったとたん、最初は目が冴えて寝付かれなかったが、 流れる川の音を聞いているうち、やがて 知らず知らず深い眠りへと入っていった。 ※ 2010年4月1日 午前8時すぎ 白浜冷蔵冷凍株式会社 事務所 栗原は既にひと仕事を終えていた。 何か連絡があってはいけないと、昨夜も会社に泊まり込んでいたのだ。 だが、とうとう連絡も無く、新社長行方不明から三日目の朝を迎えた。 配送主任の源田、経理関係では沢田。それぞれ引継と、本日のポイントの打ち合わせを終えた。 「じゃあ、そういう事やけん、今から出かけてくる。何かあったら携帯に電話せい」 「佐々木さんらとは現地で待ち合わせですか」 源田が訊いた。 「いや、白浜のホテルへ迎えにいく、彼の車、調子が悪いそうやけん、 じゃけん、今日は会社のクラウン借りて行くけん」 ・・・・・・・・ 約束の8時半、白浜ビジネスホテル前。すでに佐々木とヒロシが待ち構えていた。 「おはようございます、わざわざ恐縮です。カローラの調子悪うて」 クラウンの助手席に佐々木が乗り込みながら云った。 「お世話かけます」 ヒロシも挨拶しながら、後部座席に乗り込んだ。 「しかしまあ、お二人とも折角の白浜に来てビジネスホテルとは悲しいのぅ、 これが片づいたら、温泉にでもゆっくり入って行かんと」 栗原は笑った。 だが、すぐそのあと (ゆっくり温泉を楽しめる事が出きればよいのだが、はてさて何時になることやら) 笑った顔が曇る。 ・・・・・・・・・・・ 「あのグレーのビルです」 佐々木が指さした。 「ここかい、しかしまあ古いビルやの。ここやったら何度も車で通ってたけど、全然気付かなんだわ」 ビル前を過ぎ、しばらくの場所にあるコインパーキングに停めた。 「エレベータで4階です」 佐々木が先きを歩き、エレベータの”呼”ボタンを押す。 ドアが開いた。 「うっ、なんじゃい、この臭い」 ヒロシと栗原が同時につぶやいた。 グルンっ、グイィーーン。 重厚な機械音を立て、前回と同じように駈けあがった。 だが、エレベーターの扉が開いたとき、様相は一変していた。 あった筈の「東南アジア貿易振興会」のプレートは外され、 エレベーター目の前にある扉は半開きのままだった。電灯も消え、真っ暗なままだ。 「しまった」 佐々木が駆け寄る。 「部屋はもぬけの空のようやな」 栗原が暗闇を見回す。 「懐中電灯持ってくれば良かった」 と、佐々木 パタッ ヒロシが携帯のフラップを開ける。暗闇をディスプレイの光がほんのり照らす。 「スイッチ見っけ」 ヒロシが壁際のスイッチを押した。 (なるほど・・・この男、機転が利くわい) 栗原は感心した。 電気はまだ止められていないようだった。 部屋の中央に会議用テーブルとイスがあるだけの簡素な部屋を照らす。 イスを数えると、5脚だったが、5人居たとは断言できない。 道路側の窓はブラインドが下ろされたまま、外部の光を遮断していた。 「佐々木さん、むこうにもドアが」 栗原が指さす方向に扉が見えた。 ノブを廻す。簡単に開く。 扉の向こうは上へだけの階段がついていた。 三人とも一応、用心しながら息を殺し、階段を昇る。 扉があった。 ヒロシがノックするが、勿論応答しない。 カチ ここも施錠はされていなかった。 「うっ」 扉を開けると異様な臭いが襲う。 栗原はヒロシを真似、内ポケットから取り出した携帯のフラップを開ける。ぼんやりと明るい。 (暗闇でこの方法、使える・・・) 壁際のスイッチを見つけ、天井の電灯を点けた。 その部屋は広さ8畳ほどの広さだった。 だが、寝袋や、カップ麺の容器、缶ビールの空き缶、その他、 コンビニのレジ袋に詰められた生ゴミが散乱、と言うより 部屋中山積みになっていた。 佐々木が寝袋を数えた。 「ここも一応五人分か」 部屋を出た奥にバス、キッチン、トイレなど完備していた。 「まさに隠れ家だな」 佐々木はビルの外側から見たとき、たしか5階だったのを思い出す。 「元々はオーナーの管理部屋だったのかも」 「不審アジア人がこのビルを選択した決め手はそれ臭いですね」 ヒロシが云った。 紀伊田辺でのバイク強奪。さらにヒロシが海南市や、御坊市で聞き込んできた話は、同じようにアジア系外国人が絡んでいた。 バイクを強奪後、忽然と消え、その後一切現れていないという。 ただ、海南市では浅黒い顔の男が一人だったが、御坊市では双子の二人組だったと云う。 「おや」 佐々木がゴミの山から新聞を見つけた。 部屋に新聞。普通であれば、不自然では無かったが、 たった3紙だけと云うのもどこか、違和感があった。 「どれも二日前、30日の夕刊ですね」 ヒロシが広げた。 「新社長の行方不明が29日の深夜から30日早朝・・・そして あのバイクの放置を発見した日」 「事件の報道が気になって新聞を買い集めた・・・とも考えられますね」 栗原も新聞を手に取った。 「あくまでも推測の域を出ないが、大いにありうる」 (新聞を買ったであろうコンビニ・・・) 佐々木は(再度あの店へ行ってみるか) 隠れ家のような部屋をもう一度、ぐるりと見回し、つぶやいた。 つづく ※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名とも 一切の関係は ございません (-_-;)