小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その35

2010年4月1日 午後1時30分

「プレタ・ジュテ人材サービス」パート従業員、陳麗花(24歳)は、 喫煙室をそれとなく観察していた。担当部署の電話交換の席から見渡せる場所に都合よくあった。 ようやく営業の藤田と、近沢が出て来るのを確認すると、横の同僚に断った。 制服のポケットからライターをちらっと覗かせ、 「ゴメンちょっと、ニコチン補充して来る」 持ち場を離れた。 分煙制度とは、サボタージュに持って来いだと思う。 会社のオーナーは喫煙人間だったから理解があった。 社会の風潮と、非喫煙者への配慮から分煙制度、さらに喫煙ルームを完備させ、 業務に支障ない程度なら喫煙室への出入りは勤務時間中であろうと自由だった。

勿論 それをいい事に、入りびたりは誰しも避けた。皆それなりの節度を守っている。

部屋の前で先客が居ないのをもう一度確認し、喫煙室に入った。 ヴァージニアスリムを銜(くわ)え、火を点けた。一服深く吸い込み、 壁に向かって吐き出す。

(この頼りなさ、どうにかならぬモノか) 本当は両切りピースぐらいの奴を叩き込みたかったが、若き女性が持つ小道具としては無理がある。

もう一度周囲を見回し、おもむろに携帯を取り出した。

ワンタッチ呼び出しを押して、耳にあてた。

 

相手は2コール目で出た。 珍しい。 「お疲れ様です。陳です」 「どうした。こんな時間に」 「お耳に入れておきたい事が」 「なんだ、云って見ろ」 「レンタカー会社の従業員を名乗る者から、ムロイを訊ねる電話がありました」 「それが何か」 「ですが、内容が不審だったので、あとでレンタカー会社に電話してみたのですが、かけた者など誰もいないとの事でした」

「なんだと!で、ムロイについて、どのような事を尋ねられ、どう答えた」

「すみません、まず呼び出しを頼まれたので、此処には居ない。彼は派遣先に勤務だと、うっかり派遣先の名前や、3日まで休暇だと返事してしまいました。てっきり先日のレンタカー会社からの問い合わせだと、思いこんでしまったものですから」

「レンタカー会社の者ではない、と言うのは確実なのか」 「はい、派遣先を告げたとき、”コアラのいるあの動物園か”と訊き直されました。 地元の人間、ましてやレンタカー会社の従業員ならあのような質問など致しません。あと・・4日の出勤予定の事も訊かれました」

「う・・・・む。レンタカー会社の者が尋ねる内容ではないな」 「はぁ、それで慌てて、確認したのです」

「・・・和歌山県警が嗅ぎつけたか」 「一瞬、そうも思いましたが、わざわざレンタカー会社を名乗るのも変です」 「うむ・・・」

「いずれにせよ相手は、ムロイがトラックを借りだした事を嗅ぎつけてます。それと4日の出勤予定を確認したのは、4日と云う日の意味合いにも感づいているのではないでしょうか」

「う・・・む。だがトラックの方は心配には及ばない。ナンバープレートの偽装工作と、ボディの塗装は今、仕上げたばかりだ。連絡に感謝する」

「では・・・4日のご成功を」

中国語での会話だったから、仮に誰かが入ってきた処で、話の内容まで理解できないだろうから心配はなかった。 だが、報告を終えると一気に緊張感が解けた。 煙草は一服吸っただけで、ほとんど灰になっていた。もう一本を抜き取り、火を点ける。

煙を吐きながら、「プレタ・ジュテ人材サービスで御座います」 心の中で復唱して見せた。 電話交換の持ち場に戻らなければ・・・

プレタ・ジュテ。フランス語で「使い捨て」を意味する社名、 よくもまあ、名付けたモノだ。 1ヶ月前、組織から面接に行くよう指示を受けた時、社名に吹き出したものだ。 最初、たちの悪い冗談だと思った。 社員や得意先から誰も異議を唱えられないのが不思議だった。

いや、誰も意味を理解していないのではないか。劣等なる国民たち。可哀相に。

それよりも、4・4作戦リーダーに電話の件を報告し、少しは胸の“つかえ”が取れたものの、胸騒ぎは、ますます募った。

(電話の相手は一体何者なんだろう) 陳麗花は、フィルター近くまで吸い終わるとルームを出た。

昼間堂々と、喫煙ルームから出たところで、 茶髪のやや派手なメイク顔。外国籍の陳に対して 今さら眉をひそめる者など居なかった。

・・・・・・・・・・

(県警じゃないとすれば、何者なのだ・・・) 携帯をポケットに仕舞う。

「3号、どうかしたんですかぃ」 塗装を終え、防塵マスクを外しながら6号が喋ってきた。

「いやなんでもない」

何か、歯車が狂い初めている感は、すでにあった。 しかし、いまさら後戻りは出来ない。 これも試練だとも思う。今まで壁にぶつかる度、乗り越えて来たではないか。 今回も必ずや・・・。

組織が用意したセメント廃工場。錆びたトタン屋根を見上げながらつぶやいた。

※ 「こりゃまた、でかい野郎が現れなすった」 グループのリーダーらしき男が浩二に近づいた。

口では威勢が良いが、明らかに怯えた眼だった。

特攻服ではなく、普通のトレーナーにスカジャンを着ていた。ふと周りを見渡すと、中には工場の作業着らしきままの者も居た。

臨時の走行会だったのか。 「まあ、まあ、話しあおうぜ」

「ざけんな、そのオヤジが先に飛び出してきたんだぜ、慌てて停まると、 いきなり蹴りやパンチでこれよ」 道に倒れてる仲間をアゴで差しながら云った。

「仕掛けたのはお前の方か」 男を振り向いた。 「へへ、アシ代わりにバイクを拝借しようと思い」 悪びれず男が笑った。

「拝借だとぅ、こらあ」 リーダーは男に向きなおる。

「ま、まぁ、蹴りや、パンチて、こんなものだったか」 浩二が云いながら、足や腕を空中で突いてみせ、回し蹴りの型も舞ってみせる。

ビュッ、シュッ。ビュン、シュンッ、シュシュ。ビュッ。ビューンっ。

半端じゃない速さで空を斬り、振動が離れた相手にも伝わった。

たまらず後ずさりする相手。

(はは、ここ数日稽古してないが、衰えてはいない)

「ざ、ざけんなよ」 一応 数の上では優位に立っているのを背に、虚勢を張っている。 また、後輩らの前で ”カッコ”を守らねばならない。 そこにリーダーの辛さがある。

「ざけんな」浩二の胸ぐらをつかみかかってきた。

「ま、待てや。君ら、ざっと数え35人。こっちはたったの二人」

「だ、だから何や。何が云いたい。云ってみろや」 眼は、すでに浩二に救いを求めていた。

「先に手を出した、こちら側が一方的に悪い。謝る。すまない。許してくれ」

さっと地面に伏せ、手をついた。

「お、おぅ・・・」

この調子で、何とか乗り切れそうだった。 出来るだけ無用な争いは避けたかった。

が、後ろで声がした。

「リーダー。土下座で済むんやったら警察はいらんですけん」 訳の分からない跳ね返り者はどこの世界にも居るものだ。

輪の中に居た男に向かって、 「ワシが相手しちゃる。これでも喰らえ」 ヌンチャクを振り回し始めた。

再び、騒然となった。

「ウチの相棒がせっかく土下座しちょるのに、わからんか」 男が、跳躍しながら、ヌンチャク少年の首に回し蹴りをたたき込む。 あっさりとヌンチャクを奪うと、 「ヌンチャクはこう使うモノ。見ろお前ら」 叫びながら、型を披露。

ビュン、ビュン、シュッ、シュッ、ビューン、ビューン。

「うわぁー」 男を取り囲んだ輪が崩れ、一斉に逃げまどう。

「じゃあ、そう言うことで」 ヌンチャクを放り投げると、男は一目散に走った。 バイクにひょいっ、と跨る。

「あ、待てや、こらあー」

バイクの持ち主が追いつく前にエンジンを吹かした。 「グワンッ、キュッキュッー」 派手に前ウィリーを決め、走り去った。

「ま、待てー」 浩二もあらん限りの声を張り上げたが、後ろ姿は見る見る遠ざかって行った。

「ほら、みろボケカス」 リーダーは、ヌンチャクを振り回した少年に向かった。

「またもや、強奪されたやないか」 「ま、まあリーダー」 浩二が慰めに行く。

「またもや、てどういう意味だ」

その時、リーダの携帯が鳴った。 躊躇していたが、

「早くとらないと、切れるぜ」 浩二が云うと、 一礼をしながら 「あ、はい すんませんヒロシさん、ちょっとトラブルがあったので、あ、はい、直ぐ向かいます」 何度も頭を下げながら携帯を切った。

浩二は ヒロシ・・・懐かしい名前を聞いたが、まだこの時点では、 まさかあのヒロシとは思いも寄らなかった。

つづく ※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名とも 一切の関係は ございません

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