小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その36

2010年4月1日 午後2時 顔馴染みになったコンビニに立ち寄り、3人分の弁当と茶を買った佐々木と栗原は ヒロシの待つガレージに急いだ。

だが着いてみると、ヒロシは広げたシートの上で農作業の格好をした夫婦らと車座になり、おにぎりを頬張っていた。近くに桜の木でもあろうものなら、さしずめ、のどかな花見の宴(うたげ)と言ったところだ。 隣のガレージに農機具を預けている農家の方たちのようだった。 おにぎりを食べながらの高笑いが聞こえる。

「遅くなった」 「所長、どうもお疲れ様。こちら隣のガレージの方、えーと」 「あ、どうもフクダと云います」 亭主の方が頭を下げた。年格好は60代後半と云ったところだろうか。如何にも人の良さそうな暖かみが漂う。


「あ、どうも佐々木です。どうやらうちのヒロシが、ご馳走になっているようで」 「あ、いえいえ、最初おかしげな人がガレージの前で居座ってて、気持ち悪かー言うてたです。ほたら(そうしたら)ニコニコと愛想のよか兄ちゃんで、色々事情聞いたです。この近所に配達してくれる弁当屋はないかっち、聞かれたけんど、そんなの無いちゅうて、んで、ワシ等二人だけではオニギリ多いけん、よかったら一緒に喰わいでかって」 陽に焼けた顔に刻まれた年輪がクシャクシャに笑った。 女房の方は魔法瓶から茶をコップに注ぎ、ヒロシに勧めている。

「それはそれは、どうもかたじけない」 佐々木が礼を言って、栗原と車座に加わった。

「しかし、ワシ等、春のピクニックに来たみたいですな」 弁当を広げながら、栗原が言った。 「さっきも同じような話、しとったです」 ヒロシが続けた。 「で、佐々木所長、このガレージの借り主、昼間はほとんど見かけたことがなかったそうです。ただ昨日の夕方、トラックに荷物を数人で運び入れていたそうですわ」 「はい、降り続く雨が気になってビニールハウスの屋根の点検に行った帰りでした、トラックを横付けにし、何やら重たそうな段ボール運んでました。うち一人と目があったけん、挨拶しましたけんど、向こうは瞬間頭下げただけであとは知らんぷりでした。で、さっきもこの兄ちゃんに聞かれたんやが、日本人ではなかったです」 「やはり、で、トラックの色などはどうでした」 「はあ、たしか紺色か黒だったと思います。雨の夕方でしたけん、どの色が正確だったか、うろ覚えですけんど。あ、それと車種はマツダのタイタンです。ワシも乗ってますよって、分かります」 「タイタンの紺色。間違いないですな。室井が借りたのに」 栗原が言った。

その後、しばらく思わぬカタチでの、春の宴が続いた。

「んじゃ、わてらそろそろ」 亭主が腰をあげた。 「どうも、ご馳走になりました」 ヒロシが夫婦に握手を差し出す。 「兄ちゃん、機会があったらいつでも遊びに来なよ」 亭主がヒロシの肩を抱いた。女房の方はヒロシの背中に糸クズでもついていたのか、しきりに取ってやっている。 ヒロシはただただ、無言で頭を下げていた。

「彼の人徳でっしゃろな」 栗原が佐々木に云った。

「あれが彼の最大の武器ですわ」 佐々木は嬉しそうに目を細めた。

※ 「あの男を追いかけっぞ。それに田辺でヒロシさんが待ちくたびれてる。海南の、それで良いけぇ」 「あ、良いっす。御坊の」 集団はどうやら二つのグループに分かれているようだった。 会話の端々(はしばし)に御坊とか、海南とか呼びあっていた。浩二に突っかかって来たのは御坊グループのリーダーらしい。

御坊のリーダーは浩二を振り返った。 「お前、逃げた男の仲間なのか、もしそうなら、逃げた先を知っとろうが」

「違う違う、仲間って誤解や、俺も奴を追ってた。ここでやっと追いついたと思ったらこの騒ぎや」 最初から事情を話せば信じてくれるだろうけど、話終わるのは、いつになることやら。

「本当かいや」 しげしげと浩二を見あげた。 「リーダー頼みがある。田辺に行くのだったら、途中、白浜まで乗せて欲しい。男も白浜方面へ逃げたと思う」

「白浜?」 「俺の会社がある」

リーダーは浩二のジャンバーの胸元を覗き込んだ。 そこには“白浜冷蔵冷凍倉庫”と刺繍されていた。 「バイト先きけ?」

「まあそんなものだ。事情があって、ここまで流れて来た。一銭もなしや」

「皆、しゃあない(仕方ない)、思うんやが、いいな」 リーダーはメンバーに了解を求めた。

「メットが足りないっす」 後ろの方で声がした。 昼間の走行会ゆえなのか、道路交通法を遵守する姿勢が、なぜだかおかしかった。

「トモツグ、彼女用の分としていつも後部座席に括りつけてるのがあろうが」

「それを回してしまうと、乗り逃げされたユウジの分が無いです」 トモツグと呼ばれた少年が応えた。

「メットごときでガタガタとケツの穴のコマイこと抜かすな。ワシのを貸す、ワシはノーヘルでも かまん(構わない)」

「リーダー、今度何かあったら取り消し(免許)やろうが」

「かまんっ、行くっど」 バイクにまたがりながら、早く後ろに乗れ とでも云うように浩二に合図をした。

「すまん、リーダー。一生の恩に着る」 渡されたヘルメットを被りながら後部シートに跨った。 小脇に抱えていたブルーシート。一瞬迷ったが、持って帰る事にし、荷台に括りつけた。

「そんなの捨てれば良かろうが」 リーダーが云った。 「いや、これで命を助けられたので」

「ふーん」のあと、 「みんなわかっとろうが、速度違反はご法度や、それに、いつもと違って隊列は組まずにいく。ええな、じゃあケツは客人乗せたワシが付く。後ろから眼光らせるけん」 号令の後、発進させた。

・・・・・・・・・・・

後部シートではあったが、山道を疾走するツーリングは結構快適だった。 バイク免許も、悪くないな。そんな事を考えていた。 幾つかのカーブを曲がると ようやくT地路の大きい交差点に出た。 信号機を見たのは何日ぶりだったかと指折り数えた。

右折すると、国道42号線との文字、さらに「白浜空港5km」 との標識が見えた。

「ようやく、先が見えた」

つぶやいた時だった。

(そこのバイク止まりなさい) 後ろで拡声器が聞こえた。かと思うと サイレンが響いた。 浩二が振り向くと、白バイが追いかけて来ていた。今のところ1台だけだった。 距離にして50メートル程の差はあった。 「やべっ」 リーダの声が聞こえた。

(何かあったら免許取消だろが) 浩二は先ほどの言葉を思い出した。

「リーダー世話になった、ここで降ろしてくれ」 サイレンに負けじと、声を張り上げる。 だが、 「白浜まで、あと少しや」 リーダーは浩二の声を無視するかの様に、加速した。

「ここまで来たら、充分やから」 片手でヘルメットを脱ぎ、リーダの頭に被せた。 「あー何するねん、もう少しやけん」 「白バイは俺が何とかするから」 国道とは云え、通行の車やバイクは今の所少ない。

飛び降りる用意をした。

「何とかするっちゅうても・・・」 「ここまでの礼や、白バイは任せてくれ。それより大事な用があるんだろッ」

その言葉で何かを思い出したのだろう。 「すまん」減速した。

白バイとの距離が見る見る近づく。

「じゃっ」 浩二は、白バイの前に飛び降りた。 ゴッ ゴロゴロ・・3回転ほどで立ち上がりかけたものの、勢いが付きそのまま、道路横の畑に飛び込んだ。 土まみれになったが、骨折の事を思えば(なんて事ないや) そう思った。 リーダーはしばらく見届けていたが、浩二の笑顔を確認すると、 派手にクラクションを鳴らし、立ち去った。

一方、目の前にいきなり人が降ってきて、急停車。ハンドリングテクニックで避けるもアクセル全開で追い上げていた白バイには無理があった。

ガシャンッ ガッーガラガラ・・・) 派手な音が鳴り響き、警官もろとも白バイは横倒しのまま10メートル程アスファルトを滑った。

「そこの君、待ちなさい」 横倒しのまま隊員は拡声器マイクで怒鳴っていた。

(やれやれ) 浩二はつぶやき、起き上がった。

が、体が地面に吸い込まれて行くような気分が襲った。 視界がどんどん白くなっていく。

「うぐッ」 (なんなのだ・・・・) 畑のあぜ道に手を掛けたまま、 再び倒れ込んだ。

つづく ※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名とも 一切の関係は ございません

(-_-;)