小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その45

2010年 4月3日(土曜日)午後1時半 PJ警備(プレタジュテ警備)総勢20名を乗せた中型バス。 和歌山県北部の山中をより山側に鼻先を向け走らせていた。

運転手が「奥寺隊長、えらい山ん中やが本当に間違いないすか」 耳にしていたMP3再生機のイヤホンを外しながら聞いた。

「ああ、要請先から届いた地図に今のところ間違いない・・・」 両目を閉じ、運転手の加藤と同じように携帯のミュージックを楽しんでいた奥寺も、FAXを見つめながら云った。 携帯の音楽再生を停止。留守電はないかとディスプレイをのぞき込んだ時だった。

(しまった。すでに圏外か)

本日の夕方から明日の午前中にかけて二日間の警備。 絵に描いたような無理押し要請だった・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・ (セメント工場周辺の県道工事に伴う交通整理を20名程調達して欲しい)

わずか三日前にあった依頼だ。 警備部門長、奥寺は

「そんなの急に無理ですよ。明日4日、法王来日に伴う警備要請にも30名、やっと確保したばかりですけん、20名だなんて。揃う訳、無いですけん。当日は私と加藤しか残って居ません」

きっぱり断ったのだが、PJ杉村社長が「人材派遣の方から、体格の良い派遣を18名ほど廻す。たかが交通整理だけだからカッコぐらいつくだろう。実は先方から前金を頂いてしまっている」

(案の定、またか) 奥寺は、舌打ちした。 だが、社長直々の業務命令だ。ヤンキー上がりの奥寺にとって、杉村に拾ってもらった恩義もあり、逆らう事も出来ず、とうとう引き受ける羽目になった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

(それにしても・・・こんな山道。交通整理など本当に必要か?) 疑問と不安が交差するなか、前方のデコボコ道を凝視し続けた。

※ 同じ頃 田辺市市民病院 玄関先

栗原が社用車のクラウンを廻してきた。 付き添いの町村がさっとドアを開ける。 「わざわざ出迎え、すみません」 頭を下げながら浩二が乗り込んだ。 「退院おめでとうございます」 「ありがとうございます。ようやく、あの部屋に帰れますわ」 「ベッド周り、散らかったままですけん」 栗原が笑った。 「財布やら小銭入れ、下手に私らが片づける訳にいきまへんから」 町村も笑った。

浩二は汗びっしょりの栗原に尋ねた。 「どうしたのですか」 栗原はタオルを首に巻き、汗を拭き拭きの運転だったのだが、止めどもなく汗が流れている。 「いやぁー久しぶりに道場稽古に参加しとったです」 「坂本前社長が開いてたという例の?」 「ええ、落ち着かれたら次、一緒にどうですか。坂本からも新社長を誘え、云われてますけん」

(やはりこの人も・・・) 浩二は初対面のとき、両拳(こぶし)にくっきりと出来た“拳だこ”を眼にしたのを思い出した。 「是非、参加させて下さい。今まで自己流でしたからおそらく、栗原さんの足下にも及びませんけど」

「いやあ、とんでもない、坂本前社長から噂は聞いちょります」 栗原は笑ったが、翌日 本当の凄さを目の当たりにし、絶句する事になる。

※ 同日、午後2時18分 和歌山県警。科学捜査班鑑識係 田辺署を通じ、民間の探偵事務所所長より持ち込まれたブルーシートから、国際テロ集団”夜明けの黒い星”主要メンバー数名の指紋が検出され、騒然となっていた。

夜明けの黒い星・・・

深いベールに包まれ、謎の集団と呼ばれていた。一説では米国CIAの手先機関とか、秘密結社二百人委員会のメンバーなど様々な噂が絶えずにいた。例えば空港や国境で逮捕したはずのメンバーが、忽然と消えてしまったり、あるいはいつの間にか国外へ悠々と逃亡していたことが度々だった。警察権力で及ばない”何か”が働いていたのは紛れもない事実で、 警察側とすれば目に見えないその力への対抗意識に燃えていた。 また、その対抗意識は自国内に留まらず、世界中の警察ネットワークに広がり、通常の外交以上の強い絆で結ばれていると云われて居る。

県警本部長は、直ちに田辺署署長を電話口に呼び出し、再確認した。

「デライ・リマ法王へのテロの可能性がある。それに関連してこのブルーシートが持ち込まれたのだね」

「はぁ、探偵事務所の方達ですが、所長は元大阪府警の刑事さんです」

「いち民間人が察知できて、君らは一体何をしていた。夜明けの黒い星。アジア担当リーダと他主要メンバーの指紋が検出された」

「え!」 田辺署署長は一瞬言葉を失った。

「直ちにマスコミ報道各社に発表する。彼らの動きを先ず、止めるのが先決だ。 で、明日の警備体制、本当に万全なのだろうな」

万全なのだろうな。 最後の言葉には恫喝めいた怒気が感じられた。 全身が縮こまる思いだった。

「は、ははっーーー」 田辺署署長は背中に冷や汗が流れる筋を数えた。

※ 同、午後2時半

行く手の両側から迫っていた樹木の葉っぱが途切れ、いきなり視界が広がった。 前方に広大な建物が見える。

「奥寺隊長、やっと見えました、あれが例のセメント工場でっしゃろか」

朽ちかけたコンクリートの壁が草木に覆われていた。良く見ると錆びた屋根の下に佇む、3名の男がこちらを見ていた。

「しかしまあ、交通整理が必要な県道て、一体どこに・・・」 「とりあえず、降りるか」 奥寺は号令を出し、全員をバスから降ろした。

目つきの鋭い男が、近づいた。

「どうもPJ警備の奥寺です」 右手を差し出したその瞬間、一気に右手を引っ張られ、ねじりあげられてしまった。

(痛ッ。な、何を。。。) 思った瞬間、男は体を回転させ、左足回し蹴りが奥寺の首根っこを捉える。 奥寺は簡単に意識を失い、崩れ落ちた。

「あー何するんじゃい」 声を上げた加藤も抵抗する間もなく、他の男に殴り倒されてしまった。 さらに建物の陰からバラバラと十数名の男が飛び出してきた。 他の隊員たち、所詮素人集団の悲しさか、右往左往逃げまどうだけで、次々と倒されていった。

PJ警備隊員全員の失神を確認すると、目つきの冷酷な男が前に歩みより、宣言した。

「諸君、只今よりPJ警備は、我ら夜明けの黒い星が成り代わる事になった。 直ちに制服,制帽その他警備に必要なモノ全ては我らの支配下にある。では直ちに作業に掛かるように」

倒れた隊員達の制服は次々と脱がされ、ロープで縛り上げられて行った。

※ 同日 午後三時

河本多美恵を乗せた 大阪梅田発 白浜行き高速バスは定刻14時に出発、阪神高速から第二阪和道と順調に走行していた。 高速バスは左側の走行車線をキープしていたのだが、春休みの土曜日と云うこともあり、渋滞が激しくなりつつあった。

高速バスの運転手は、追い抜き車線に移ろうとした時、警察関係と思われるグレー色のバスがフェンダーミラーに映った。 仕方なく 走行車線のまま辛抱していると、次々と警察関係のバスが追い抜いて行く。

「一体何事があるんかいの」 あきれた顔でバスを数え終わると なんと30台だった。

「うひゃー全国から応援かい。果たして、何があるんかいや」

その時点では のんびりと考えていた。

多美恵も、右側を次々に追い抜く機動隊員満載のバスを見、 (果たして何があるのだろう。。。) 一瞬思ったものの、春の日差しに、眠気を我慢できず、うつらうつらと船を漕ぎ出した。

つづく

※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名、国名とも 一切の関係は ございません

(-_-;)