小説の杜

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狂二 Ⅲ 断崖編 その47

2010年 4月3日午後6時 和歌山県警田辺署 「4・4警備体制総指令本部」本部長に任命された田辺署署長、 永野功(ながのいさお)は青ざめた表情でテレビ画面を見つめていた。

本来ならこの時刻、明日の警備の応援に駆けつけてくれる県警管轄の他署を始め、他府県の警察署幹部や機動隊隊長、民間警備会社らと合同会議を兼ねた懇親会が開かれている頃だった。

数時間前の事だった。 ・・・・・

「署長、大変です。他府県に要請した応援の機動隊員らを乗せたバス、足止めを食らってます」 阪和自動車道事故の第一報を海南署から受けた署長室長の皆川が飛び込んできた。 「はあ?なぜ今頃足止めなのかね。こんな好天気の日に」


阪和自動車道、海南インターを過ぎたトンネル内でトレーラーの横転事故が発生、上下線とも塞いでしまったようです」 「はぁ?事故ならレッカー車があるだろが、引き上げたら済む話じゃないか」 「あいにく現場は天井の低いトンネル、クレーンのアームが伸び切りません、それより何より周辺は大渋滞が発生し、レッカー車どころか、パトカーや救急車など緊急車両すら満足に、たどり着けてない状況との事です」

「なんだと・・・」 ようやく事の深刻さが解ってきたのか、ワナワナと全身から沸き上がる震えを感じた。 皆川室長に悟られまいと、踏ん張りながら立ち上がった。 会議室の壁に貼られた地図に歩を進めた。

「高速自動車道がダメなら、42号線へ迂回させたらどうなんだ」地図上を万年筆でなぞりながら云った。 「当然その方向でも検討したようなんですが、それが・・・」

「なんだ、どうした」 「機動隊のバス30台とも、立ち往生の場所はインターを通り過ぎた所らしく、一般道に迂回したくても、前方のトレーラーが片づかないと次のインターで降りられず、勿論、後ろもつかえ、後退など絶望的。さらに・・」

「さらに、なんだ」 「下を走る国道42号線、海南インターでどうにか降りる事の出来た迂回の車でぎっしり。しかも橋の途中で停止の軽トラが突然炎上、爆発騒ぎを引き起こし高速道路以上の大パニック。 完全にお手上げとも言える状況らしいです」

なにか悪い夢でも見てるのか? 永野は軽い眩暈を感じた。

「肝心の海南署の連中は現地に飛んでるのか」 「はい勿論海南署総動員で現地に向かってくれている様なんですが」皆川は続けた。 「で、そういう状況なので、今夜の合同会議兼懇親会への参加は無理。明日の応援さえも参加できるかどうか、保証はない。そう云うんです」 「う、うーむッ・・・仕方ない今夜の合同会議は中止の連絡を」

・・・・・・・・・・・・・・ (これらの事故は単なる偶然か?・・・)

傍らで一緒にニュースを見ている皆川に云った。 「事故を起こした運転手らの身元は取れたのか」 「はい、先ほどの報告によりますとトレーラーの運転手のほう、事故の記憶が全くないそうです。北陸自動車道で仮眠の途中トイレに行ったまでは記憶にあるとか、気がつけば横倒しのトレーラーのキャビンで寝ていた。などと訳の分からない事を供述してるそうで、覚醒剤その他薬物中毒の線でも取り調べを併行するとの事です」

(まさか・・・テロ組織が一連の事故に関与しているのでは?) またもや、元大阪府警刑事の佐々木により、持ち込まれたコンビニ防犯カメラの映像。県警本部によれば正しく夜明けの黒い星主要構成員との事だった。 その真っ黒なレーシングスーツに身を固めた男の姿が脳裏を駆け巡った。

※ 同日、同時刻 白浜駅前 ビジネスホテルロビー 佐々木とヒロシも海南市の自動車事故を伝えるニュースに釘付けになっていた。 もともとは、コンビニの防犯カメラに映った例の男の件、さらに田辺署に提出したブルーシートから指紋が検出され、国際テロ組織“夜明けの黒い星”メンバーを特定出来、そのお礼が田辺署、田沼からあり 「夕方のニュースで放送される筈ですけん」 テレビ前に座っていたのだ。

そのとき佐々木の携帯が鳴った。 「高城社長からや」 受話ボタンを押した。 「はい、お疲れ様です。・・・・え、そうなんですか、はい了解しました。で、到着予定は?・・・・はい了解です。気を付けて・・・はいお疲れさま、では、明日」

フリップを閉じ、ため息混じりにつぶやいた。

「明日、朝一の便、11時過ぎ到着予定。それでおそらく、デライ・リマ法王と同じじゃないかと云ってられた。ファーストクラスは満席を理由に断られたらしい」

「うわぁ。明日、何としてでもお守りせにゃなりませんやん」 おどける様な口調だったが、ヒロシの表情は真剣だった。 (あぁ・・・に、しても高速道や国道の、この事故は単なる偶然か?明日に関連しての予兆じゃないか) 佐々木の胸にも田辺署永野と同じ疑念、そして不安が沸き起こり始めていた。

※ 同時刻 白浜行き高速バス内

多美恵は先ほどから、何度も携帯での通話を試みた。しかし、一瞬つながりかけるのだが、すぐ発信不能に切れてしまう。見回すと周囲の乗客も同じ様子だった。 おそらく携帯での発信が殺到、キャパオーバーになっているのだろう。

※ 同日 午後7時 御坊市 トラック運転手。 岡崎隆司は自宅リビングでニュースを見ていた。そして久々に2メーター無線機の電源を入れ、昔仲間とよく使っていた周波数にダイアルを合わせた。

(こんな時、携帯はあてにならん) 案の定、ほどなくして現役時代の”連れ”からのコールが届いた。 (。。。。。と云うことで最悪や。。。。)

「海南支部に集合かけたろか、おにぎりでも運んでもろたるけん」 (いや、今の所大丈夫やけん、飯なら食べたとこやったから・・・

時折、外国語による交信が入り込む。外国語だが、電波はかなり近い。 (もしや・・・バイクを強奪したテロメンバーじゃないか。夜明けの黒い星ちゅう)

昼過ぎ訪ねてきた御坊支部現役リーダー 斉藤を思い出した。

同7時半 白浜冷凍 浩二の携帯が鳴った。

南紀爆走連合・偉維愚流(イーグル)御坊支部リーダー斉藤からだった。 「浩二さん、いや社長、無線の事ですが」

「はは、いちいち言い直さずとも、ただの浩二でええぞ、んで無線がどうした?交信の局て殆ど居らず、雑音ばかりや」

「実は族の先輩で、無線に詳しい人が居たのを思い出し、昼間あれこれ聞いてたんです。でその先輩は海南の自動車事故に巻き込まれたもう一人の先輩と交信中らしいんです」 「ああ、さっきテレビで見た。大変な騒ぎや。」 「それで交信の途中 時おり外国語の不審な交信が混ざるらしいんです。で、昼間訊ねた俺の言葉を思い出してくれ、さっき連絡あったんですわ」

「例の奴らの可能性高いな」

「周波数は144.40です。その先輩もしばらく様子を伺う、そないに云ってくれてます」 「よし、わかった。その周波数に合わせておく」

※ 同 8時半 阪和自動車道 海南インター手前 白浜行き 高速バス車内

ノロノロながらもバスは動き出した。が、 運転手よりアナウンスがあった。 「申し上げます。この先 バスは国道に降りますが、国道もその先への通行困難な状況です。本日は会社より手配させて頂きました海南シティーホテルにて宿泊していただきます」

乗客達からは一斉に批難を浴びせるかと思ったが、停止の状況にええ加減うんざりだったのか、 パチパチ 一斉に拍手と歓声が起こった。

多美恵も残念な気持ち半分、安堵感半分に包まれた。

※ 同時刻 田辺署 「4・4警備体制総指令本部」 部屋をノックし室長の皆川が入ってきた。 「今度は何事かね」

「はぁ、すみません、PJ警備の奥寺隊長が挨拶にお見えです」

「ん?合同会議、中止の連絡は行ってなかったのか」

「はぁ、確か連絡したはずなのですが、ただ挨拶だけでもと、おっしゃいますので」

「よし、わかった。足止めの応援部隊の事もある。ここはひとつPJさんの力を借りねばならないけん。お通ししなさい」

つづく ※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名、国名とも 一切の関係は ございません

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