小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その48

2010年4月3日(土曜日)午後8時40分 和歌山県警田辺署、署長室

「これは失礼。どうやらお取り込み中に、ご無理を申し上げたようで」 皆川に伴われて入ってきた、PJ警備の奥寺を名乗る男が頭を下げた。 言葉の割にはどこか横柄な態度だ。

(はてこんな顔だったか) 以前に会ったときの印象とどこか違う気がする・・・ PJとは過去2回開催された合同会議で顔を合わせていたのだが、何せ総勢百名程が参加しての合同会議。はっきりとは覚えていなく、自信が無い。 とまどいながらも、 「どうぞお掛けに」署長の永野はソファーを勧めた。


「では失礼して」 奥寺は悠然と座るや、足を組んだ。 (なんだぁ、こいつ)

「海南の自動車事故、海南署やその隣町、有田署までも巻き込んでの大騒動と耳に入れました。明日の件、さぞかしお困りではないでしょうか。そう思いましてな。何か私どもでお手伝い出来ることがあるならば、何なりと仰って頂きたく」

「ほう、これはこれは」横に座った皆川と思わず顔を見合わせた。 横柄な態度にむっとしていたものの、 (なるほど、さすがは民間業者、商売熱心だわい。そうと解れば・・・) 明日の警備体制に狂いが予想され、頭を抱えていた永野らにとって、願ってもない申し入れとも言えた。 (しかし他の業者との釣り合いも考えねばならないのでは・・・それに経費の問題だってあるじゃないか。 ・・・いやいやそんな事言ってられる場合か。いよいよ明日、と云うより10数時間後に迫った法王の警備はどうする) 自問自答を繰り返した。

「ありがたいお言葉、恐れ入ります。ですがPJさんには30名もの人員の配置をお願いしており、これ以上負担を増やす訳には」 一応断りを入れ様子をうかがう。 「あ、署長、私どもは善意の気持ちで申し上げており、もし予算の心配事でしたら憂慮には及びません」

「ほぅ、予算はご心配なくとおっしゃいますと?」 意外な申し入れの気がした。

(民間に甘えてよいのだろうか)

「あのぅ、前回の会議でお宅の杉村社長の話では、30名が精一杯。そう云われていたと思いますけど?」 皆川が会議録を繰りながら云った。

奥寺は「実を申しますと予定していた別の警備の仕事が突然中止になりまして、20名程丸ごと溢れてしまったんです。関連企業から無理矢理かき集めた手前、人員を遊ばせる訳にいかず・・・」弁解するように頭を掻いた。

(なるほど、そういう事情か) 「じゃあ、経費はこちら側の言い値でいいですかな」皆川が身を乗り出した。 「はい、当初契約の30名分以外、びた一文請求などするな、杉村社長からの伝言です。田辺署さんとは今後の長いつきあいがありますので」

「え!」永野と皆川、同時に叫んだ。 永野らにとっては願ったり叶ったりの話だった。

※ 同日午後9時半 白浜冷凍 浩二は無線の傍受を続けていた。

英語だろう交信が突如始まった。電波はかなり近いと思われた。 タナベポリス・エアーポートとか浩二でもわかる単語が聞こえる。 部分的に理解できても、全体は何の会話なのか、解らない。 耳に入った単語を必死に書き留めた。当然辞書など手元に無く、斉藤の携帯をコールした。

「ちゅう事や、自宅には辞書ぐらいあるだろ、翻訳を頼む」

「はい、なんとかやってみます」

最初は自信なさそうだったが、それでも10分後には返事が来た。 「速いな」

「実はネットに翻訳サイトとかあるので、それに比較的単純な単語の組み合わせでした。じゃあ、読み上げます

タナベ署と交渉の結果、決着が着いた。ワールドに10名 エアーポートに10名 以上20名、明日の配置が決定した。

て、内容だと思います」

ワールド・・・佐々木らが云っていたワールドアドベンチャーの事だろう、エアーポート ズバリ白浜空港だ。だが、冒頭のタナベ署と交渉・・・ どう云うことだろう。テロ組織が堂々と署と交渉するなんてあり得るのだろうか。

時計を見た。(佐々木氏ら、まだ起きてる時間だろう) 思いながら携帯のフラップを開けた。

※ 4月3日(土曜日)午後10時 みなべ町 ミナベスカイコーポ301

麗花は暗闇に点滅するデジタルを見た。 (ようやく室井は眠った。日付が変わるといよいよだ。4時になると早朝出勤の為室井を起こし、朝の支度を済ませさせると、ひとまず私の役目は終了・・・)

目を閉じると色々な思いが走馬燈のように掛け巡った。

私や兄の人生て何だったろう。 リーダーから兄の海中投棄を告げられた時、組織を恨まずに運命を呪った。 だが、またもや生き延びてるらしい。

二人はひなびた寒村で孤児として育った。二人とも体格の良さを見込まれ、少年期から兵士養成部隊に拾われた。 厳しいながらも順調に成長した。いつしか類いまれなる力を認められ、二人とも陸軍特殊部隊に所属していた。 だがある日、どういう訳か兄は謀略のワナに陥れられた。覚えのない収賄罪で危うく死刑寸前まで行ったのだ。 そのとき真相を究明し、寸前で救いあげてくれたのが直属の上司でもあった今のリーダーだ。

麗花もろとも、マカオの、ある組織を紹介した。 だがそこは噂に聞く あの二百人委員会、下部組織、「夜明けの黒い星」アジア本部だった。

身寄りもなく、行き先のない二人にとってそこはパラダイスとも言えた。 なぜか資金は潤沢にあった。情報もハイレベルに世界中から収集されて来る。 世界のすべては組織が握っている。そう思いこんだ。 陸軍特殊部隊で身につけた、武術、学術、その他ありとあらゆる事を基盤として、より一層磨き、鍛えられた。何が起ころうと生き延びる自信の鎧をまとっていた。 その後、世界中を震撼させたあらゆる事件に手を染めるようになった。が、組織こそ世界の真実であり正義なのだ。 組織以外の低俗な邪悪は刈り取らねばならない。。。

だが・・・・

隣に眠る室井・・・

彼のあどけない、子供のように何もかも信じ切ったこの寝顔を見ていると胸が締め付けられるように痛い。 わずか数日過ごしただけだが、全身全霊を込めた愛情と真心を麗花に降り注ぎ続けた。 途方もない優しさ、心配り。愛情。今まで経験したことのない体験だ。 いやこれは室井だけではない、日本人が持つ特有の資質ではないか。 プレタジュテ河野美佐子の笑顔も突然浮かび上がる。

真実を隠したまま、彼女彼らと別れねばならない。 またもや突き上げるものがあった。 毛布をたくしあげ、しばらく嗚咽した。

※ 同時刻 白浜ビジネスホテル 佐々木はシャワールームを出た。 予感がしてテーブル上の携帯に眼が行く。案の定、着信があったのを示すフラッシュが点滅していた。 2件の着信が入っていた。白浜冷凍栗原氏と、浩二君だ。

栗原氏の用件は明日、坂本社長ら一行の到着時間の事だろう。 予想がつき、後回しにし、浩二君を優先させた。

(あ、夜分にすみません) 「いえ、私こそシャワーを浴びてましたので、で?」 「実は無線を傍受していて、あ、無線の件はいずれそのうち説明しますが、それよりテロに関するだろう交信を聞いてしまったので・・・」

・・・・・・・・・・・・

※ 同日同時刻 海南シティーホテル「シーブルー」501号 河本多美恵は、遅くなった夕食のあと、シャワーを浴びようやく落ち着いた。 全国ネットのニュースでは海南の自動車事故など一切流れて居なかったのが不思議だった。

携帯のアンテナマークを確認すると発信は可能だった。浩二に連絡しょうか、するまいか迷った。 (繋がれば正直に話そう、繋がらなければ明日、また話そう) 決心すると番号を押した。

携帯が鳴った。 「はい浩二です」

・・・・・・・・ 佐々木からだった。 (田辺署田沼の携帯に連絡した、彼の話ではPJ警備を名乗る者が署長室に入るのを見た。おそらく明日の警備応援の件ではないか、そう云うのだが) 「わざわざ英語 それも業務用でもない一般の無線機での交信。それおかしくないですか」 (確かに 私も思う。田沼には一応伝えて置いたが、果たして田辺署全体に行き渡るかどうかだ。なにせ海南市の事故の影響でそうとう混乱しているらしい)

そのあと、明日の退院祝賀を兼ねた慰労会の伝言も浩二は聞いたのだが、 (それどころじゃなくなる・・・) 予感が沸き起こった。

部屋の時計を見た。

いよいよ、日付が変わる。

窓の向こう、潮騒が聞こえた。 無人島のような浜辺で過ごした日々を思い出していた。

つづく ※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名、国名とも 一切の関係は ございません

(-_-;)