小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃に その8

「ふー、ようやくローマが目覚めよったわ」
荒々しく入ってきた常務が誰に云うこともなく、つぶやいた。
ちらりと時計を見た。(はや、三時を回ってる・・・・イタリアはようやく朝なのか)
「お疲れさまです」すかさず前村が冷えた麦茶を持ってきた。
「おおすまん」云いながら一気に呑み干すと、
「相手を軽くみてたわ」コップをトンとテーブルに置いた。
「で、ローマの伊藤所長は何と・・・」
川村の問いかけに全員、常務に注目した。
「ジャンニはデザイナーでありながら商売人て事や、なんとウチが持ちかけた翌日から日本のマーケットを調べ始めたらしい。そこで出た答え
『間違いなくジャパンでも商売として成りたつ、じゃあ船場だけでなく他にも持ちかけ、競争させ一円でも条件の良い方と調印したい』ちゅうことらしい。
ま、商売の基本といえば基本やが、腹だたしいにも程がある」

「ウチが提示した契約料じゃ不満て事でしょうか、かなりの破格値や思いますけど」

「川村君、今思えばその破格値がまずかった」
「はあ?」



「一億リラ・・・奴らは度肝を抜かれ、根拠となる市場調査をスタートさせたのでは?というのがローマ伊藤の考えや」
「んな」「なんやそれ」
川村だけでなく感嘆ともとれる、どよめきが聞こえた。

社内研修で支給された外国通貨の換算表を胸ポケットから取り出しノートの隅で計算をしてみた。(日本円で約2000万か)
「んな無茶な一億リラも提示だったんですかぃ」初めて知ったのか横山が吼えた。
「ジャンニカンパニーの昨年の年商、せいぜい5億リラ。いきなり5分の1を提示されさぞかし泡、喰ったんちゃいまっか」
「しかしや・・・」
川村が弁解するように続けた
「それまで彼らは日本って国や日本人の事などまったく眼中に無かったのも事実や。提示額があったからこそ、初めて真剣に目を向けてくれたと思う」
「それならあっさりウチと契約してくれたら良いモノをわざわざ・・・
角紅への話、本当にジャンニ側から持ちかけたのでしょうか。もしそうだとしたらやり方が汚い」
「さあ、そこや問題は。偶然ほぼ同時期に角紅側からもアプローチがあったと言う可能性も捨てきれんらしい。伊藤君が云うには、角紅の駐在員をちょくちょくオフィス周辺で見かけたそうや。
その時は単なる偶然だろうと特に気にもかけなんだと。なにせ角紅はアパレル業界とはほとんど無縁に近いから。今回の話にまさか思ったって。そのあたり繊維ジャーナルの木内君に確認してるが、返事はまだや」
「角紅も一億リラ用意するんでしょうか」
「当然やろな、プラスアルファーなんぼかの勝負になるぅ思う」
「もし・・・」おずおずと川村が訊いた。
「会社としてプラスアルファーの用意は望めるのでしょうか、二千万でも会社の了解を得るのに大変だったと聞いておりますさらに上積みだなんて」

「そこや問題は、ワシの説得だけでは無理や、裏づけ資料が要る、そこでや。全員に集合かけたのは他でもない。今週中にアパレルメーカーその他ショップでも、お前ら懇意にしてる客んとこ手当たり次第に出向くなり電話して、ライセンスブランドになんぼ(幾ら)なら出せるか早急にあたって欲しいんや、一番高い値をつけてくれたメーカーと契約するつもりや云うて」
「今週中て、今日までですがな、それも3時回ってますやん」
横山が代表して噛み付いたが全員同じ気持ちだろう。
「明日、もう一日土曜があろうが。本来ならそれぐらいの情報。今すぐにも集まってて当たり前なんや、ウチの独占て決め込んでて皆、暢気に構えてたんとちゃうんかい、戦争や思ってみぃ、弾は来週まで待ってくれへんぞ」
常務の一喝で会議室は静まりかえった。

「常務、少しよろしいでしょうか」
しばらくして川村が口を開いた。
「なんや」
「言い訳に聞こえるかもですが、私らは決して暢気に構えてなど居ません。契約調印まで極秘に、という事で進行してました。ですから外部にはごく限られた信頼の置けるメーカーそれも役員クラスにしか打診はしておりませんでした。ですから急に業界のすべて、しらみつぶしに打診だなんて、今更な話です。だいいちジャンニの件、世間に公表するようなものですがそれで良いのでしょうか」
「何をまだ、甘っちょろい事云ってるんや」
常務の声がいっそう響いた。
「繊維ジャーナルの木内社長、不在で秘書の子とふた言み言、話した時に彼女から訊かれたわ『いよいよ来週に来日ですね』ちゅうて。『え、なぜ知ってるんや』ってつい大声を張り上げたわ。
それは企業秘密ですってごまかしよったけど、業界紙が知ってるちゅうことは、すでにみなに知れ渡ってるんや」
「え、そんな。。。」
川村を含め、全員絶句した。
「じゃあ、ええな。月曜の朝いちに集合や、見込みがあるっちゅう結果が出たなら役員会に出す。無理やちゅう答えが出たなら、それまでや。ウチは一億リラが限度、それ以上びた一文も出さん」

「あ、広告宣伝課は居てるか」
「はぃ・・」
さっき名刺を交わした三宅祐司が蚊の鳴くような声を出した。
「朝、川村君からプロモーション計画を見せてもらったけど、まだまだ甘い。あれじゃあ、誰も見向きもせえへん。火曜までや、火曜まで待ったる。全面的にやり直しや。契約料以外での勝負も覚悟せんならん。角紅の一歩先を行く“あッ”という計画や」
「は、承知しました」
何か云いたそうにしていたが、やむなく返事をしながら座った。
こっそり横顔を見ると、顔色に生気がなくうつろな表情だった。
(間違いなく彼は、この土・日仕事だ。。。)

「ワシからは以上や。何かあるか」
広い会議室は無人の如く静まりかえっていた。
(これこそ常務の本当の姿・・・)
朝の会話は何か遠い過去のように思えた。

そのとき
「森野、頼みがある。ちょっと残っててくれるか」
いきなりの声が飛んで来、背中に電流が走った気がした。
「は、はいっ」
僕は弾かれるように立ち上がっていた。

        つづく
※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在するいかなる個人、団体、地名、とも 一切の関係はございません 

 (-_-;)