小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃に その13

「じゃが、倍の二億リラや。我が社の誠意を奴らに提示する」

常務の言葉に三度(みたび)どよめきが起こった。 「あのう、常務いいですか」 川村が手を上げた。「いきなり倍額だなんて、それはどうかと。本当に提示して頂ければおそらくジャンニ側との契約は決定的なものになるでしょう。私らにとって喜ばしい事はそうなんですが、しかしなんだか・・・」

なんだかのあとに続く言葉は、聞き取りにくかった。意外な反応を川村は見せた。 「喜ばしいけどなんや、契約の成立が嬉しかったらそれで良いがな」 「はぁ、先ほど報告したように一億リラでさえ、契約料をクリアするのは大変ではないか?と、特に初年度は」 「いつもの弱気かぃ」 「弱気とのご指摘は甘んじて受けます。ただそれが現時点におけるアパレル関係者の声とお聞きして頂きたいです。それと、先ほどの古賀さんの報告によれば商標上当社が有利ではないかと。そうならばなおのこと、無理に契約料を吊り上げずとも」

「僕も同じ意見ですわ」横山も川村に続いた。 それをきっかけに、出席していた営業部員から次々と同じような意見が浴びせられた。

(おぃおぃ、折角常務が二億リラて云っているものを。。。しかしまぁこれが実際の姿なんだろうか) 常務の表情は?と盗み見ると案外冷静な顔つきだった。 「全員、本当に提示額は一億リラ、それでええんやな。後になって悔いはないやろな。前村君。君はどう思う」

いきなりの指名だった。横の席から (え、まさか私)と云うような様子が感じられた。 「彼女は単なる事務の補佐役なので」川村がすかさずフォローする。 「おまはんに聞いとらん」川村を無視するや 「どんな意見でも構わんから」 と前村を促した。すると

「はい」 意外にも元気良く立ち上がり「単なる補佐の立場のイチ意見ですが。。。」と前置きし 「角紅がもし、一億リラを超える提示を行って、あちらさんに日本での販売権が行ってしまう事を考えた時、我が社の痛手は相当大きいものがあると思うのですが。またこれまでの活動は一体何だったってコトにはならないでしょうか」

「商標を持ってるウチが有利や、心配はいらんて」と、横山がささやきぎみに返した。 「ですが、ジャーニービワンコなる商標のことなど古賀さんの報告があるまでココに出席の全員、知りませんでした。要するにその商標など現時点では使用していないのです。相手側に調べられれば、不使用商標として取り消し審判を請求される可能性だってあります」 「え、本当か」

またもや、空気がざわめいた。全員古賀を振り返る。 「えぇまあ、先ほど私が申し上げたのはあくまでも登録商標の使用が前提となっております。使用していないとなれば彼女の云うとおり、取り消し審判を請求され、商標権の取り消しだってあります」 「なんじゃいそれ、ぬか喜びかい、ジャーニービワンコなんて扱ってもないし記憶にすらないやん」営業部員のため息が聞こえた。

(え、そうだっけ?どこかで最近見かけた記憶が・・・しかしまぁ前村さん。。。) 単なる補佐役とは思えない博識ぶりに感心した。 「森野、何か言いたそうな顔つきやな、君の意見も聞こか」 常務と目があった。 「は、はい」 予感はあったものの急に振られ、慌てた。 (まだ見習いの立場ですやん・・) 「えー、まず。提示額の件につきましては、先ほど先輩たちの報告を聞いた限りでは一億リラでも高額な気がします」 (常務、すんません) 「ですが、この業界のコトはまだ知らないコトだらけです。が、角紅が参戦してきた意味合いについて確かなコトは言えませんが、彼らはそれなりの見込みが立つと踏んだからこその参戦ではないでしょうか。そうであれば前村さんの意見にも賛成です」 (川村課長すんません) 「それと、予算の余裕があるのであればその分、広告宣伝費に回すというのは如何でしょう。先日仰ってましたプロモーション計画。船場商事ではこれだけ派手な計画があると、ジャンニ側にアピールするのです」 (え?我ながら良い思いつきや) 「派手な宣伝で、日本でもいち早くジャンニブームを起こす用意も万全と。契約料だけでなく彼らを納得させるのです」 宣伝課、三宅の顔がふと横切った。(今朝はどうしたんだろう) 「あ、それにジャーニービワンコの件ですが、最近その名前て云うかブランドを見かけた記憶があるのです」 「え、本当かいや、どこでやねん」営業部から一斉に声が飛んで来た。 「はぁ、勘違いかもしれません、古賀さんの報告を聞いた時、(あぁ、あれか)と思いました。いつ、どこで見たのか必死で思い出そうとしてるのですが」 偉そうに云ったものの不安になった。

「広告宣伝。。。な、広告宣伝課の三宅は欠席か?」 常務があたりを見回した。 「今、広告代理店の方と打ち合わせ中です。終わり次第出てもらうコトになっているのですが」 川村が応えた。 「なんやと、じゃあ好都合やないか、一緒に来てもらおう」 「え、ですが広告予算の方はまだ決まっておりません、いま呼び立てても過大な期待を持たせてしまうだけでは」

「う、うーむ」 その後、しばらく国光は考え込んでいたが、やおら立ち上がり 「よし君らの意見、よく解った。それにチームとして真摯に取り組む姿勢や熱意もや。10時からの役員会に君たちの意見を反映させたる」 国光は壁の時計に目をやった。 まもなく10時になろうとしていた。

「あのぅ、私らの方は会議の続き。。。良いでしょうか」 川村が云った。 「当たり前や、君がプロジェクトリーダーや。あ、それとやはり広告代理店も呼びつけ、プラス二千万でどんだけのモンが出来るっちゅうか、聞くだけ聞いといてくれ。あくまでも参考としてな」

「承知しました」 「あ、それと森野」 「は、はい」 「ジャーニービワンコをどこで見つけたか、しっかり思い出すように」 「承知しました」 川村課長の口調をマネていた。

少し腹の突き出た常務を見送った時、突然思い出したのであった。

そしてその午後、川村の命を受け、前村加奈子と大阪市内のみならず、琵琶湖まで足を伸ばし、駆けずり回るハメになったのだった。

雨は降り続き、咲き始めの紫陽花はより鮮やかに光っていた。

つづく ※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名、とも 一切の関係はございません

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