小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃に その14

「じゃあ後は頼む」 そう言い残し常務は会議室を後にした。 「あッ」 何気なく目に入った常務の突き出た腹を見て突然思い出したのだ。 週末に見た深夜番組だ。夏のシーズンを前に琵琶湖のお勧めレジャースポットをコメディアンがリポートしていた。少しエッチなお色気番組。 『サタデーナイトあれやコレ』前村は無論のこと、森野を除く総合商社のエリート社員たち、他にはさすがに誰も見ていないようだった。 インタビューに応えていた店の太鼓腹のオヤジが着ていたTシャツだ。文字とイラストが印象的だった。ジャーニービワンコ。。。ビワコでなくて、なぜビワンコやねん。

画面に向かって突っ込みを入れた事も思い出した。間違いない。

「川村課長、思い出しました。深夜番組です。リポーターに応えていた琵琶湖の売店の主人です。その方が着ていたTシャツです」 「え、ホンマか」 全員が一斉に振り返った。

「Tシャツとな。。。昔、取り扱ってたな。ウチが作らせるちゅうたらナニワスポーツかキンキカジュアルや。いずれも以前は営業2課の担当や」

「森野が見たそれってかなり色褪せてたんとちゃうか」 横山が聞いてきた。 「いえ、ハッキリ文字が読めるぐらいでしたけど。。」 新品だったと主張するには無理があるのかも知れない。かと云って何十年も昔のTシャツだったとは思えない。文字が鮮やかに残っていたのだ。まさか見間違い?いやいやそんなはずは。。。だが云われてみると自信は無かった。

「古賀さん、もしそうだとすれば、この場合どうでしょう」

「その方のTシャツがそうだとしても、船場商事に於ける商標の使用とは言いづらいです、ただ・・・」

「ただ、何でしょう」

「もし、その方一人でなく、何十人もの方が着ておられるとか、商品の販売を立証できるモノがあれば良いのですが。売り上げ伝票の類(たぐい)とかの」 「十年ほど前のでも?」 「いえ原則3年以内です」 「三年以内の伝票な。。。」 「例えば、返品伝票でも証明になります」 「え、それなら可能性あるな」

「あのぅ」 前村が口を開いた。 「地方のお店では売れ残りの商品でも、ずっと大切に残してられ細々と販売を続けられるって事もあるのではないでしょうか」

「おー。あるある、彼らは売れ残ったからちゅうて安易に返品しないで、大事に残してられるもんな。ワシ地方へ出張の時、絶版になったプラモデルを探すのが趣味なんや」 横山が云った。

(ほー、良い趣味やん) 横山先輩の横顔を垣間見た気がした。

「古賀さん、そういうケースは?」川村が尋ねた。 「勿論、お店で在庫があり、今でも販売されているとすれば立派な商標の使用になります」 会議室は沸き立った。

川村はすぐさま内線電話に向かった。

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「あかん、島村2課長でさえ、かすかな記憶があるだけや、過去三年、ウチからTシャツの販売、それは無いちゅうことや。ただ地方店で在庫品の販売、それはありうる話らしい」 「キンキカジュアルかナニワスポーツに問い合わせした方が早いんちゃう?」 「それも訊いてみたが、彼らは持ち生地に注文通りプリントしているだけだろうから、イチイチ覚えてないだろうっちゅうコトや。年間に何千、何万もの種類をプリントするらしい」

川村はしばらく考えたあと、「森野君、琵琶湖ちゅうても結構広い、どこの場所、どの店だった?」

「え!確か、近江舞子。。。いや近江八幡!?。。。そこまでは。。。あやふやです」 たまたまチャンネルを変えた時、見たに過ぎない番組だった。場所までは覚えていなかった。 「局に訊いてみるか、テレビ局は?」 「毎朝テレビです。。。土曜の深夜にやってる奴です」 「毎朝テレビか。。。あそこは電話の問い合わせだけでは教えてくれない。あとで訊いてみるがもし駄目なら直接出向く必要がある。その場合・・・」 川村は僕の顔をのぞき込み、一瞬云いにくい表情を見せたあと

「君が尋ね、琵琶湖のどの店だったか訊いてきてほしい。さらに出来ることならその店へ出向き、Tシャツをどこで購入されたのか訊いてきて欲しい。頼めるか」 「え、僕独りで?」 「前村君、同行をお願いできるやろか」 「え、はい。勿論」 地方店の事は彼女が言い出した手前、断りにくかったろう。それを見越して川村が指名したように感じた。

(新人と二年生コンビかよ)一瞬気が滅入った。 だが、 角紅側と繰り広げるだろうブランド獲得の攻防戦。この自分らが重要な使命を託された気がした。 雨ではあったが、社内でうろうろ時間を潰すより外出も悪くはない。 前村加奈子に対しては恋愛の感情こそ無いものの、好意は間違いなく持っている。また仕事のパートナーとして信頼、それに尊敬の念すら覚え始めていた。 彼女と一緒の外出も決して悪くないな。そう考え直すと梅雨空もなんのその。気分は上々に晴れやかだった。

「すみません、遅くなって」 従業員出入り口で待っている時だった。 駆け寄ってきた女性に、 「どちらさん?」 言いかけて あっと叫びそうになった。

紛れも無く前村加奈子が立っていた。 それまでは、紺色の地味な制服。ひっつめ気味に束ね、後ろでダンゴにした髪。それに何と云っても昔の学級委員を連想させる太縁の眼鏡。 それまでの前村加奈子のアイデンティティーはざっとそう云うモノだった。

それなのに、目の前に現れたのは 襟がお洒落で、胸元は大きく開き気味な白の綿シャツ、細身のジーンズ。左右に下ろしたロングの髪は軽くウエーブがかかり、眼鏡はかけておらず、代わりに涼しそうな瞳。鮮やかなピンクの口紅。爽やかなオードトワレの芳香。。。 まったく別人の女性と云って良い姿がそこにあった。

「えっ眼鏡は」 「あぁ、あれは社内のときだけなの、普段はコンタクトよ」 そう云って微笑んだ。

呆然と立ち尽くす僕に 「さ、行きましょう。今日中に用事済まさないと」 ショルダーバッグを引っ掛け、花柄の傘を拡げるや、颯爽と歩き始めた。

「う、うん」 慌てて彼女の背中を追いかけた。

つづく ※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名、とも 一切の関係はございません

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