小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃に その17

「まもなく大阪、大阪でございます」車掌のアナウンスが始まった。到着ホームの番線と乗り換え案内がスピーカーから流れている。だが、ほとんどの乗客は聞くこともなく、ざわざわと降車の用意を始めた。 列車は淀川の鉄橋を渡り始めた。水鳥が数羽、川面に身をまかせ気持ちよさそうに、ゆらゆら浮かんでいる。時計を見た。午後6時を回ったところだった。 夏至の候、陽は雲に隠れては居たもののまだまだ高かった。

座ったまま大きく背伸びをした。 「本日はご苦労様」 ヒザをつき合わせた前村の笑みがこぼれる。 「ああ、前村さんこそお疲れ様」 あくびをしながら続けた。 「三宅氏、会社に残ってくれてると良いけど」 「明日の会議に向け、ぜったい残ってる思う。けど、本当に寄るのですか?せっかくの直帰やのに」 「うん」 以前の自分なら、絶対直帰コースを選んでたな。ふと思った。 列車はホームに滑り込んだ。ようやく僕らは立ち上がり出口への列に並ぶ。 ドアが開き乗客たちの波に続いた。前村の背中を見つめながら (夏に・・・・来たいね)近江舞子の駅でつぶやいた彼女の言葉を思い出した。 (あれはまさか、【僕ともう一度】のつもりだったのだろうか、訊きそびれてしまった。。。) 雨はすっかり上がっていた。

 

「とりあえず電話してみる」公衆電話を探した。 キオスクに電話があったが、ホームでは雑踏や場内アナウンスの声がうるさい。 「下にあったと思う」 前村の案内で階段を降りる。 降りながら話しを続けた。 「居たとして三宅氏。僕らの案に賛同してくれるやろか、何か不安になってきた」 「絶対大丈夫やって。ただ問題は予算が通るかどうかやね」 「やっぱなあ、問題はそこかぁ、予算的にどんなものかも、まったく想像もつけへんしなぁ」

僕らはずっと、プロモーション計画について話し合っていたのだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

川村課長には京都駅での乗り換えを利用し、電話を入れてあった。 「その案、面白いな。ただ問題は三宅君がどう判断するかやな、彼の方である程度のプランが固まってる頃やし。あ、そうや明日のプロモーション会議。君らも出てくれるか」

「ええ是非とも」 と、電話を切った。川村課長の了解は得ていた。だが一刻も早く三宅の専門家としての意見を仰ぎたくなったのだ。だいいち、彼が賛成してくれないことには何も始まらない。直帰をとりやめ、会社に戻るコトにしたのだった。 「私も」と前村は言ってくれた。が、雨の中慣れない外出で結構疲れているはずだ。 「明日また早いんだろ、今日のところ自分一人で大丈夫やから」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

中二階の奥まった場所に公衆電話がずらりと並んでいた。 (じゃあ、今日は本当にありがとう、色々と助かったわ) 前村と別れようとしたが、もし肝心の三宅氏が不在、もしくは都合が悪ければ会社に戻る必要は無くなる。その場合どこかでお茶かメシでも。と思った。

「ゴメン、電話終わるまで待っててくれへんか」 「もちろん、私も気になるしぃ」

そのとき、ほとんどの通行人が、じろじろと前村を振り返りながら通り過ぎるのに気づいた。

え?

あ!

それまで会話に夢中になって、うっかりと気づかなかったのだが、彼女は僕のジャケットを着たままだった。 前村の上背はそこそこにある方だったが、それでも僕の上着では丈は長い。両腕の先は、袖で隠れてしまっている。こうして見ると違和感がある。

「ゴメンずっと着たままやった」 前村もようやく気づき、電話コーナーの奥に駆け込むや、さっと脱いだ。

(違和感、すなわちインパクト・・・) プロモーション計画にますます自信が沸いた。

※ 初めて入った広告宣伝課の部屋は独特な雰囲気に満ち溢れていた。 何人かはヘッドホンを着けながら机に向かっている。え!と思い机を見ると小型のラジカセが置いてあった。

「あのう三宅さんはいらっしゃいま・・・」 その時、奥の席で何やら打ち合わせの真っ最中だった三宅と目が合った。 「よう」とでも云うように手を上げ、「こっちへ」と手招きしてくれた。 雑誌や資料とか、山積みにおかれ歩きにくい通路をかき分けながら近づいた。

「こっちのポジの方がぼんやり感が出るぅ思う。印刷にも問題ない思うわ。こっちで」 「承知しました」と指示を受けた女の子は僕に目礼し、席を離れて行った。

「お忙しいところ申し訳ありません」 緊張しながら切り出した。 「やあ、今日は君こそ色々大変やったな、あと20分いや、10分で終わらすからちょっと待っててくれる?」 人なつっこい笑顔を返してくれた。三宅は笑うと子供のような表情になる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「とうとう引退か・・・」 広告宣伝課室長、三宅は僕が差し出した夕刊に目を落とし続け、うなだれた。

部屋の壁に備え付けられた柱時計、鐘を一つ鳴らした。それを合図に「お先に失礼します」 部屋に残っていた3人ほどの女性スタッフたちが引き上げて行く。 柱時計は午後8時半を示していた。 「しかしまあ、今どきなつかしい時計ですね」 「はは、どういう訳かこの部屋だけ昔からのままや、実家の時計を思い出すわ」 「実家はどこですの」 「香川や、四国の」 「あー、良いとこですね」 「知ってるのか」 「僕も。。。お袋の田舎ですけど徳島ですねん」 肝心のプロモーション計画の事を言い出せないまま居た。

「ココア飲む?」 三宅が訊いた。 「あ、はいすんません」 「オーライ」 そういって席を立った。

(それにしても・・)ぐるりと部屋を見回した。 部屋には様々な珍しいモノで溢れかえっていた。 三宅の机の上に目がいく。 (これ、一体どう使うんだあ?)と思うような不気味なモノがアチコチに転がっていた。

ふと開いたままのワープロ機の画面に目が行った。

【・・・・以上】

と、末尾の文字が目に飛び込んだ。 おそらく明日の会議の資料なのだろう。 この時間だ、計画書など出来上がっていても不思議ではない。

今さら僕の案など話したところで、どうにもならないに違いない。無用の混乱を彼に与えるだけだ。いや、彼だけでなく会社全体への混乱だ。きっと。

「お待たせ」 ステンレスのカップを2ツ抱え、戻ってきた。 ココアの香りが漂う。

「あ、そうそう常務から聞いた、予算の件君が言ってくれたんやて」 「え、あ、はいまあ」

「急きょ倍額の広告予算が取れそうや、それで山下ゆり恵の件、何とかなる思う

「え!」 いきなりと言えばいきなりだった。一瞬わが耳を疑った。

「え、今何と・・・」

「え、って山下ゆり恵。サヨナラコンサートの件やん、君の案やろ」 「ええ、そうですが、なぜそれを」 「はは、川村課長や。小一時間ほど前、血相かえて飛び込んできたわ。普段冷静なあの男が。君から電話で凄い相談受けたちゅうて」

「はぁ、でもプロモーション計画は出来上がっていたんでしょう」 「そらぁ、一応はね、でもイマいち、インパクトの点で自信はなかったわ。常務のカミナリ明日も覚悟してた所やった」 「じゃあまさか、僕の案を・・・」 「グッドタイミングも、ええとこや。彼女の引退を商売に使いたくはない。けど、仕方ない。それに運びようによって彼女にとっても、所属のプロダクションにとっても悪くない話や」 「三宅さんにそう言ってもらえるなんて嬉しいです。でも・・・」

さきほど、ちらりと見てしまった【以上】の文字が気になった。 「計画書、今から書き直しなんて、大変では?」 「はは、心配ご無用や、計画書はさっき書き上げた所や。あ、気にせんでええ、ちょこっと書き足しただけやから」 自慢げにワープロ機を指した。

「え!さっそく・・・」 一瞬言葉を失った。 「何事も運命的なタイミングちゅうか、奇跡的瞬間が大事て思う、新聞を読んでひらめいた君の感性、相談を受け、血相を変えて飛び込んで来た川村課長。ここで僕が君らの“ひらめき”や“思い”を感じ取り、受け止めなくてどうする。そう思ったわ」

「それにしても。。。」 三宅は続けた。 「紳士もんスーツに、女性歌手。フツー思いつけへんわ。もう、ワシ自信喪失や」

三宅は笑った。そしてココアを飲み終え、カップを置いた。 ちょうど自分も置くタイミングが一緒で、少し触れ合った。

カチャッ

それはまるで前途を祝して乾杯するかのような、音に聴こえた。

つづく ※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名、とも 一切の関係はございません

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