小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃に その21

大阪駅を出発した高槻行きの普通列車が淀川の鉄橋を渡り始めた。ゴト、ガタ、ゴト・・・独特の音が車内に鳴り響く。
朝日を受けた川面はキラキラとまぶしい。
三日前に見た水鳥たちの姿はなかった。
僕は時計に視線を落とした。6時40分。前村加奈子の顔が浮かんだ。彼女の事だ、すでに改札口で待っているだろう。
そして彼女が背負ってるだろう宿命の事が、またもや脳裏に浮かび始めた。

いやいや、他人の僕がどうのこうの深く考えても、仕方のない話じゃないか。何も考えるまい。僕が深く考え、悩む理由など何も無い。いつも通りに振る舞えばいい。それが彼女にとって何よりではないか。
それより何より国光の話では彼女自身、自分が背負った宿命にまだ気づいて居ないかも。と言うことだ。ならば一層普段通り、いつも通り。そう、いつもの顔、いつもの笑顔だ。
自分に言い聞かせるように何度もつぶやきを繰り返した。








                    ※
6時50分。
新大阪駅新幹線中央改札口。案の定、前村は先に到着していた。
僕を見つけるや無邪気に「こっちこっち」と云いながら手を振った。彼女の周囲の乗客らがぎょっとして振り返っている。

初めて見るベージュのジャケットとスカート。ロングに揺れるヘア。前回同様、外出の際のこっそり僕が名づけたエレガントバージョンだった。
国光の話を聞かなければ、彼女との出張はもっと心が華やいだことだろう。

ふと傍らに、大きい鞄を抱えた宣伝課室長三宅の姿も見えた。
正直ほっとする気持ちが湧いた。
「1本遅い"ひかり”になるかも知れん。遅れたら先に行っといて」と昨日言われていたのだ。もしそうならば二人きりの東京行きを覚悟せねばならないところだった。
川村課長は伊村社長のお供で前夜のウチに東京入りしている。

「お早うございます。お待たせしました。三宅さん、間に合ったんですね」
走り寄った。
「ああ、乗り換えが結構スムーズだったわ。じゃあまだ早いけど、ぼちぼち行きますか」三宅の独特な口調を聞くと柔らかい気持ちになれる。
「チケットはちゃんとあるか、忘れ物はないか」
まるで修学旅行、引率の教師顔よろしく三宅を先頭に改札を通り抜けた。


7時15分新大阪発ひかり21号はすでにホームに佇んでいた。

「しかしまあ三人が出張するとき、今後検討の余地があるな」
座席番号を確認しながら三宅が振り返った。
「え、何をですの?」
「総務部がチケット用意してくれるのは良いけど、案の定、気が利かん。3人掛け席や。富士山は見れないし、だいいち誰かが真ん中に座らなあかん羽目になる」

「あ、私真ん中でいいです」
前村が云った。
「そりゃあ気の毒や、じゃんけんで決める」
川村によれば、三宅はそろそろ40に手が届く年齢らしいのだが年長者として威張ったところが全然無い。
「私、真ん中の方が落ち着きます」
前村は前村で気を遣ってるのだろう
(んな訳ねえだろう)な理由で一歩も引かない。
他の乗客たちが次々と乗り込んできた。通路でいつまでも邪魔は出来ない。
「そうか、君がそう云うなら真ん中は前村さん。じゃあ森野君、窓側か通路側、じゃんけんで決めよ」

「あ、僕もどっちでもいいです。三宅さんの好きな方選んで下さい」
「そりゃあ悪い、こう云うのは公平が大事や」
「ちなみに僕は通路側が良いですが、三宅さんはどちらが好きですのん」
「え、本当か。僕は窓側が好きや」
(やはり・・・)
正直なところ窓側が良かったが、当然のように譲った。


「昨日常務さんに呼ばれた件、やはりこれだったのですか」
列車が動き出した時だった。前村がこっそりと肘をつつき、ピアノを弾く真似をした。
一瞬ギクッとしたが、トッサに「ああ、今夜の事やった、凄く楽しみな反面不安が一杯やて・・・」
はッとし、三宅の方を見ると雑誌に集中していて気づかれた様子はなかった。
(ピアノの事はまだ内緒・・・だがもし聞かれたら彼には正直に話そう)
昨夜あれから常務とピアノの話で一応盛り上がってはいた。

(何もかも忘れてピアノ三昧。。。どんなに良いだろう)ふとそう思うと無性にピアノが恋しい。いや、ピアノというより恋しいのは石坂美央?。。。

                   
                    ※
「ええ、小学の5年頃まで習ってたんです」
「やっぱなあ。本格的な道場で?」
三宅と前村の会話で目覚めた。
いつの間にかすっかり眠っていたようだ。
どうやら空手の話で盛り上がっていた。盗み聞きするわけじゃないが、いや応なく耳に入る。
「いえ、ちょくちょく遊びに来ていたオジさんから教えられ。もの心ついた時から5年頃まで」
「親戚の?」
「いえ、当時、祖父の付き添いで、ちょくちょく遊びに来られてた方で。。。けどある日を境に、ぱたり来なくなってしまったんです。今、どうしてられるのかその方たち、母に聞いても“大人の事情や”そういうだけで、それきり」

やはり。と思った。
祖父と云うのは、紛れもないあの伊村会長だ。付き添いと云うのは、護衛の武道家だろうきっと。
と、いうことは何も知らされないままなのか。船場商事入社は単なる偶然か。
それはそれで前村が不憫で可哀想に思う。

「大人の事情か。面白いこと云うなお母さん、まさか君んち水商売?」

前村の体が一瞬こわばった気配がした。

「え、ええまあ」それきり前村は押し黙ってしまった。
「あ、ごめん、いやその、あれこれ聞くつもりはないけん。で水商売を悪く言うつもりなど決してないけん」
三宅の慌てぶりが痛いほど伝わる。香川のなまりが出た。

「あ、いえすみません。決して三宅さんに腹をたててるのじゃないですから。その頃の母を思い出して怒りがこみ上げてしまったので。普通に家に居て、もっとかまって欲しかったなーって」
孤独に遊ぶ子供の頃の前村の姿が浮かんでしまい、不覚にも涙が出そうになった。


「あ、そろそろ富士山や、森野君まだ寝てるのかな」
三宅に言われて前村が僕の顔をのぞき込む気配がした。

「ええ、ぐっすりみたいです」
「じゃあ仕方ないな、帰りにまた見れるやろ、梅雨入りと同時に中休みみたいだし」

本当は見たくて仕方がなかったが、寝たふりの方が前村のコトをあれこれ三宅が訊きだしてくれそうな気がした。

が、三宅は意識して個人的な話題を避けたのだろう。その後は仕事関係の会話に終始していた。
再び睡魔が襲い、いつしか本当に寝入って しまっていた。

            

                    ※
「うわーこの銀杏並木凄いですね」
前村がはしゃいだ。大阪、御堂筋の銀杏並木も確かに壮観だが、こちらのはまさしくトンネル状態だ。銀杏の樹々たちが密集するように連なり、勢い盛んな若葉たちが空を覆いかぶさる様に何百メートルも続いている。所どころ木漏れ日から太陽の光が射し込む程度で薄暗い。こんなに晴れているというのに。

船場商事東京支社は銀杏並木を誇る公園のすぐ横にあった。

「秋、そりゃあ見事な銀杏並木や。地面も銀杏の絨毯、そこらじゅう銀杏の葉っぱに地球が征服されるっちゅう感じかな」三宅が応えた。

「毎年見てるのですか?うわー凄い」
「君らも今日の結果にもよるけど、秋に来れるかも知れんて」


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「ご苦労様です。じゃあ早速会議室に案内します」
東京支社 担当営業が出迎えてくれた。

「川村さんと社長、ウチの支社長と一緒に羽田まで出迎えに行ってられます。途中帝国ホテルで食事してからですから、こちらへは午後1時の予定です。それまでごゆっくりして下さい」

「ありがとう、準備だけ先にやらせてもらうわ」
時計を見ると11時10分前だった。
いよいよ数時間後にはジャンニ・ビアンコとの交渉が始まる。
そう思うとなぜか急に緊張がこみ上げて来た。前村の表情を見ると、平然と、いやむしろいつも以上に生き生きとした表情を見せながら三宅の作業を手伝っていた。


               つづく
※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在するいかなる個人、団体、地名、とも 一切の関係はございません 

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