小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃に その24

「やば、もうこんな時間か。帰宅ラッシュが始まらんウチに行こか。東京のラッシュは半端やないけん」
三宅はさっと伝票を掴みながら立ち上がった。
思わず、時計を見る。
午後4時20分。
それでも喫茶店の大きいウインドウガラスから見える街路樹には燦々と陽光が降り注いでいた。

「すみませんごちそう様でした」
店を出たところで、前村とふたり頭を下げた。
「いやいやコーヒー代ぐらいで頭下げられると背中がこそばいわ、森野君らのおかげで無事にプロモ※も通ったんだから」
※:(プロモーション計画)
「いえ、今日も前村さんの機転と三宅さんのおかげですわ。僕など頭まっしろになってウロきてただけで」
事実その通りで、(何ひとつ役にも立てず、横で座ってるだけの自分。何の為の東京だったのだろう)会議の途中から、そのコトだけが妙に浮かび、ずっと引きずっていた。

あ、そういえば・・・




(本当にご苦労やった、気をつけて)契約の細部を詰める為、東京支社に居残りする伊村社長や川村に見送られた時も、うつろに「ども」と頭を下げただけ・・・

「はは、全然気にするコトあらへん。何事も経験や。君の場合まだ一年生やろ、これからや、これから。元気だせよ」
「はあまあ。ありがとうございます」三宅の言葉にうれしいものがあったが、気持ちのこもらない返事だった。
歩くこと5、6分。
東京メトロへの昇降口が見えた。
「ほんじゃ君ら、ここから5つ向こうの大手町で乗り換えなあかんが、大手町から東京駅は1つや。わかるよな」

「はい、わざわざ見送りありがとうございます。ここまで来たら大丈夫です」
まるで(後は私にお任せを)と言うように前村が胸を張った。
(これも真っ先に僕が返事するべき・・・)
「じゃっ、気ぃつけて。本日はご苦労様。あ、ヘンなところ、寄り道せんとまっすぐ帰りや」
「変なところて、どんな所ですの」
と、すかさず前村。
三宅は真っ赤に顔を染めながら、「まあその、なんだ。そのうち森野が教えてくれるやろ」
「そんなあ、僕だって知りませんよ」
恐らく僕を元気づける為の二人の会話だったのだろう。が真剣に反応していた。

「あ、ごめんゴメン。来週でも今日の打ち上げをやろう。じゃ、お疲れさま」
「ありがとうございます。楽しみに待ってます」
何がお祝いなものか、打ち上げなんて。そう引っかかるものがあったが、頭を下げた。
「楽しみです。で、今からのひと仕事も大変ですね、頑張ってください」
前村は如何にも彼女らしい言葉をかけた。

「はは、ほとんどは博通の大阪を通じて段取り済みや、あとは細かい事務手続きだけ、楽勝や。じゃっ」
博通舎東京本社と打ち合わせの為、東京支社まで引き返す三宅の背中を、僕らはしばらく見送った。


「じゃ、僕らもそろそろ」
きびすを返して階段を降りる。
そのときだった。
ポーンと軽く、前村にショルダーバッグで尻を叩かれる。
「え!?」
「ミスターモリノ。ブっ、ブー。どうしたのですか、ずーとゲンキ、アリマセーン」
「う、うんまあ・・・」わざとのジャンニの口まねにもかかわらず、暗く返事するだけだった。

(何かあったらフォローするから心配するなって)
彼女にかけたあの言葉、あの言葉も重荷に感じられた。今思い出しても穴に入りたくなるほど恥ずかしい。
(逆にフォローされたようなものや、彼女がいなければ、契約は危うく白紙。それも元はといえば自分のつたない思いつきの為・・・)
そのコトも何度も何度も、沸々とこみ上げてくるのだった。

                      ※

「金曜の夕方なら、指定はあきらめるしかしゃーないけど、今日は多分大丈夫やて」
茶店で三宅が言ってくれていた通り、17時40分発博多行き。第一希望の指定席が取れた。

ひかり号車内は混み合ってはいた。が、所々空席がある。これが金曜の夕方であれば、“超”の字が付く程、満員になるらしい。

「森野さん、本当は窓側が良いのでしょう」
前村が笑い、先ほど彼女に渡したEの券を僕に差し出した。
「え、なぜわかる」
「あーやっぱね。三宅さんに似たところあるから、本当はそうじゃないかなーって」
どこが似ているのか訊いても、笑ってごまかされた。少し気にはなったものの嬉しくなり、鬱々とした気分も飛んで行きそうになった。

前村の好意で窓側に落ち着くや時計の文字盤を頭の中で回転させた。

富士山の通過・・・ここから1時間として午後7時前!
かろうじて陽のあるうちに拝める。
そう思うと、本当に鬱気分も吹っ飛びそうになった。

そして、もうすぐ午後6時・・・
国光常務が石坂邸に向かっている頃?どんな顔で生涯初のピアノレッスンに挑もうとしてるのだろう。
それを思い出し、思わずニヤリと笑ってしまい、その顔のまま前村と向き合ってしまった。

「え、何か顔に付いてます?」
「はは、ちゃうちゃう。前にも云ったけど国光常務、今夜が初レッスンや。ピアノの。それを思い出してもうて」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まさしくその頃。。。
国光はこみ上げる緊張と期待感を感じながら石坂邸に向かっていた。

(ジャンニとの契約も無事調印・・・今日は記念すべきスタートの日なんだろうな)

本当ならもっと満面の表情があって良いはずの国光の顔。
その横顔にどこか寂しさの曇りがあった。

石坂邸の庭に、紫陽花が満開に咲いていた。
紫陽花を見つめながら国光は
(愛おしいのぅ、花は季節に正直なもんやて・・・果たして来春。間に合うだろうか・・・)

まるで花びらのひとつひとつを観察するように、何時までも見つめていた。

                         つづく


※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似たいかなる個人、団体、地名

、などが出現しようとも 一切の関係はございません 

 (-_-;)