小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃に その44

時は流れ、壁のカレンダーも残り1枚半を残すのみになった10月。それも早や半ばを過ぎていた。昼間は暖かくても、朝晩はめっきりと冷え込む事が多くなった。

山下ゆり恵サヨナラコンサートも大盛況と興奮そして感動を残し無事に終了した。国民から幅広く支持を受けていた彼女は惜しまれながら芸能活動の一切を終え、いよいよご婚礼の儀を残すのみになった。
サヨナラ公演の実質的なスポンサーは船場商事ではあったが、船場の名前はいっさい出さず、ファッションデザイナーブランド、ジャンニビアンコを前面に押し出していた。サヨナラ公演の感動とともに、ジャンニの名前までもが見る者の心に深く刻み込まれ、その知名度がより広がったのは言うまでもない。

コンサートの終盤、ラスト曲のひとつ前が例の”衝撃”だった。
当初、女性歌手が着るというプロモーション案に対して、烈火のごとく怒ったジャンニだったが、その後山下ゆり恵を知れば知るほど彼女に惚れ込み、熱烈な“いちファン”としてサヨナラコンサートで歌うその”衝撃”一曲の為、特別デザインと本人みずからの縫製による衣装提供を申し入れ、届けられた。絹をベースに、金糸、銀糸を惜しげもなく贅沢に使われたそれはスポットライトを浴びるたび絶妙に、しかも強烈な輝きを見せた。また生地の美しさだけでなく、特徴ある逆三角形のシルエットが見事なまでに彼女に似合った。例の空手シーンをアレンジした動きの激しい振りに対してもびくともせず、しなやかなゆとり、それでいて体に優しくまとわりつくようなフィット感を見せた。
それまでの静かなバラード曲から一転、迫力満点に歌いあげた“衝撃”にふさわしいステージ衣装がより相乗効果を生み、まさに衝撃的でもあり、見る者に深い感動を残した。

もちろん、ラスト曲 "そして、ありがとうの旅立ち”ではジャンニスーツから一転、純白のウエディングドレスに着替えてはいた。歌いあげたあと、マイクをそっと舞台に残し山下ゆり恵は引退していったのだった。。。




その三日後「感動の涙が止まらなかったわ。今想いだしても泣ける」
舞台そばで見守った三宅祐司が僕らを何度も羨ましがらせた。

後日談があり・・・
サヨナラコンサートの模様はニュースとして海外にも配信された。なぜか"衝撃”のシーンが使われ、やがて山下ゆり恵着用のスーツは、ジャンニが手がけたそれとわかるや、ハリウッドの女優、世界的にファンを持つ女性歌手。さらに英国王室、皇太子元妃からもジャンニに対しオファーが舞い込んだ。
メンズファッションがスタートのジャンニビアンコだったが後年、男女の境など関係なく総合ファッションを手がけるようになったのも、山下ゆり恵サヨナラコンサートがきっかけと言われている。
                       ※

大成功に終わったサヨナラコンサート。
その感動の興奮もようやく覚めつつあった10月も終わりのことだった。

「森野さん、繊維ジャーナルの木内社長が第二応接でお待ちです」
一階総合受付からの内線電話が鳴った。
「え、僕に?」
「ええ国光常務に、とお越しだったのですがあいにく常務は御出張中。そう申し上げましたところ、それでは森野様に、と仰られるものですから」
「はい、分かりました」
何だろう。と思いながらも1階に降りた。
木内社長とは幾度となく会っていた。お互いに少しは気安く話の出来る関係ではあった。しかしいつもは国光常務が横にいた。

「あどうも森野さん、急に呼び立ててごめんなさいね。すんません」
たしか国光と同年輩なはずなのに、森野に対しても腰の低い社長だった。いつも丁寧な物言いをする社長に好感を持っていた。
「あ、いえいえ。どうぞ」
と立ち上がったままの木内にソファーをすすめた。
「しかしまあ、最近また国光常務、ご出張が多い様ですね」

そう言えば。。。今週まだ顔を見ていない。
またもやあの事情なのだろうか。ふと不安がよぎった。
今夜、美央さんに聞いてみよう。
「えぇ、繊維事業部だけでなく、社の全般を見なくてはならないから大変や思います」
言いながら、伊村健介を支える国光の顔が浮かんだ。
「ところで、まずはおめでとうございます。山下ゆり恵コンサート、大成功だったですね。ジャンニブランドもすっかり」
「ええ、おかげさまで。木内社長んところが、いち早く大々的に書いていただいたおかげです」
「いえいえ滅相もない」
そう云いながらも満更ではなさそうに顔をほころばせた。
実際、嵐のような問い合わせや反応は、繊維ジャーナルが大々的に取り上げてくれた記事から始まった。

「ところで、今日はなにごとですの」
「ええ、それそれ」お茶を一口啜り、
「角紅ですわ」
「角紅商事?」
「ええ、あちらさん、そりゃあもうかなり悔しがってられてます。ジャンニビアンコ」
「でしょうね」
「いよいよ角紅さんもファッション事業部、正式に立ち上げられました」
「え、そうなのですか」
ジャンニで競ったものの、角紅商事には
航空機、船舶、大型機械、コンピューター、さらに宇宙事業。
そういった重工産業や最先端産業を扱う総合商社とのイメージが強かった。急になぜ方向転換なのか。

「それでですね、あちらさん、記念すべき第一弾ブランド事業にとフランスの“ムッシューピエール”を担ぎ出しはりました」
「はぁ。。。」ピエールカルダンなら知っているが。。。
「あ、その表情。まだご存知やない名前ですね」
「えぇ・・・まだこの世界、不勉強なもので」
「はは、無理も御座いません。まだ二十歳すぎの若造デザイナーですわ。けど、フランスで今年の春から注目されてます」
「じゃあ、日本でもそのなんとかピエールというブランドの波が押し寄せると」
「ええまあ、可能性は高いですね。けどジャンニにとって好都合や思います」
「そうでしょうか」
なぜか不安な気持ちがよぎった。
「ジャンニが火を点けた紳士モノファッション。けどジャンニだけで終わるとするならば、たかが日本の市場って あっと云う間に冷え込む。冷え込んだら紳士モノて惨憺たる世界ですわ。ところが、競争相手が後追いでもなんでも似たようなブランドを仕掛けてくれる。するとですねジャンニが取りこぼした連中がそっちへ向かい、やがてまたブームに火が点く。紳士。。。いやメンズモノファッションの世界がますます発展。すると今度は婦人モノも黙ってません。メンズ、レディス お互い切磋琢磨、競争が激しくなります。きっと」

一息つき彼は僕の目を真正面から見据え云った。
「森野さん、これから繊維事業部の時代がきまっせ」

そういえば、広報の三宅祐司も以前、同じような言葉をかけてくれたのを思い出した。

は!とよぎった。

「まさかジャンニの情報も発端は木内社長さんから?」
「えぇ、まあ。もちろん川村課長が皆の反対を押し切って飛びついてくれたおかげですわ。私など、イタリアでこういう面白いブームが来てる。ただ単にそれだけの情報を流しただけで・・・」

(なるほどそうだったのか。しかし・・・この木内社長。。なぜにいつも船場だけに肩入れをしてくれるのか)
疑いたくはなかったが、つい聞いてしまった。

「いつも情報をありがとうございます。けど業界新聞としてウチにだけ情報を流して構わないんですの?まずくないですか」
すると、木内は眼鏡を外し、オシボリで汗を拭いた。



意外にも黒フチの眼鏡を外すと、それまで柔和で知的だった顔も、凄みのある表情が現れた。

「はは、森野さん。国光常務とは大学時代からの“腐れ縁”ですねん」

「え、まさか社長も北河内?」

「いえいえ、私の場合、南河内商業大で。お互い“援団”で張り合った仲ですわ。部室にまで殴りこみを掛け合ったり」

「えー。それがまた、なぜ?」

「へぇ、そのウチ詳しい思い出話、しまっけど、一口で言ったら、ワシんとこの会社があるのも 国光常務のおかげですねん。ワシが新人。。そう今の森野さんぐらいの歳ですわ、広告のお願いで飛び込み訪問し、偶然そこで再会。国光は金額も聞かずに年間契約してくれたんです。そのあと奴は上司にこっぴどく叱られたようですけど。。。」

「そうだったんですか・・・・」

「ですから、ワシが居る限り。。いや居らんようになってもや、次に申し送りや。船場商事の繊維事業部は任せてくださいな。陰からなんぼでも応援しますよって」

深々と何度もお辞儀を繰り返し、社長を見送った。
その背中を見ながら、国光の抱えているあの重い家庭の事情、彼はそこまでご存知なのだろうか?彼に感謝の思いとともに、ふとそのことが頭をよぎっていた。


                   つづく



※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名

、地名、などが出現しようとも 一切の関係はございません 

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