小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃に その45

レッスンもひと区切りついた処で、いつもの休憩タイムに入った。
「ついさっき焼きあがったばかりなの」と
美央が初めて挑戦し、しきりと気にしていたクッキーをほおばってみた。
「どう」心配そうに僕の口元を見つめ訊いた。
「あ、全然いけるわ、めっちゃ美味しい」
甘さが足りない気がしたが、その方が好きだ。
「ほんまぁ?」
と嬉しそうに美央も一口かじった。
「うわっ、砂糖。。うそつき、マズいやん。砂糖入れるの忘れてたー。何か足らない様な気ぃしてた」
「え、そうなん。でも甘くないほうが好きや」
もう一口クッキーをほうばり、ミルクティーを一口飲んだ。
「それにおやつ食べ過ぎたら、あとのご馳走食べられへんようになるし」
「なによそれ。なぐさめ?」
言いながら美央は僕のネクタイに手を伸ばし、結び目を締めあげた。
「あ、ナニする。。。く、苦しい」
わざとに目を剥いてみせる。
「あは、もっと。ほらほら、ほーれ」
「うっ、うう。。。」
僕らがじゃれあうそれは、すっかりと恋人同士のようだった。
それにこの頃には当初の遠慮も消え、石坂家の晩ご飯までご相伴するまでになっていた。
「にぎやかな方が美味しくいただけますもの」と祖母の美佐江さんが一番に喜んでくれていたのだ。

「で、美央さん」
急にあることを思いだし、真顔になった。



「え、なによ急にマジな顔して」
「いや国光常務。。。明日のコトで、何か連絡あった?」
「いえ特に。ナニも・・・なんで?」
「うん、仕事で出張中かもやけど、今週まだ顔を見てない。またあの時みたいなコトかなぁって。用もないのにいちいち電話する訳にもいかんし」
「たぶん何も無い思う。都合悪いときは必ず前の日までに連絡くれはる人やから」
「そういうのて、たびたびあったん?」
「ええまあ」
「んなあ、一体どのレベルまで進んでるん常務のレベル」
人ごとながら不安になってきた。
すると、考えごとの表情を曇らせ
「左と右の指使いの克服、まだ一歩のところかな」
「え。まだそんなん。。。間に合うんやろか。えーと、奥さんの誕生日ていつなんやろ。聞いてる?」
「えぇたしか3月・・・」
「あ、なんや3月か。まだまだやん。それなら間に合うか」

だが、
「えぇまあ・・・そっちはね」
と瞬間沈んだ表情を見せた。
「え?」
と訊く前に
「あ、いや何でもない。。。」
と笑って見せた。

                        ※

・・・・そっちはね。
じゃあ、もう一方には一体なにがあると云うのか。
後になって、美央の言葉を突然思いだしてからと云うものの頭から離れずにいた。

「あのぅ、森野さん。ちょっと見ていただきたいモノがあるんやけど、お時間よろしいやろか。。。あのう、森野さん。。」
泉州アパレル社長の原田良雄が何度も僕の名前を呼び、はっと我に返った。

「え、あ、はいすみません、つい考えごとしてたもので、すみません」
「あはは、大丈夫でっか。忙しいのもホドホドにせんと。あんまり無理しなさんな、けど森野さんが頑張ってくれたおかげでスタートできるようになったのも事実やな。こりゃ難しい問題です」
「はぁ。お気遣いありがとうございます。こっちこそお陰様でプロジェクトの方は順調です。でナニですの」
その日僕は、ようやくイタリア側からGOサインが降り、最後の打ち合わせに独り訪問していた。泉州アパレルは自分の担当に決まった記念すべき第一号の会社でもあった。

外に出てみると
すっかり深まった秋の空気が肌を射した。稲刈りのあとの田んぼを焼く匂いが鼻腔をくすぐる。
(あ、11月の匂い。。。)
原田の案内で工場の裏庭を歩いた。
「へー。隠れ家でも出てきそうですね」
鬱蒼と茂った雑木林に囲まれた砂利道を歩いた。
「はは、隠れ家ね。まあそのようなモノですわ」
ゴロンゴロン・・・先ほどから時おり聞こえていた不気味な音がより大きくなった。
雑木林を抜けると、プレハブの建物が見えた。
「ここですわ」
原田がドアを開けると、円柱型の・・・そう例えばタンクローリ、荷台の様な形の機械が横たわっていた。
ゴロンゴロンとまるで岩を転がすような音、その主は紛れもなく此処だ。
機械の横で、Tシャツにジーンズ姿の青年が僕らをちらりと振り返り、ぺこり頭を下げた。

「一体ナニですのん、これ」
音に負けないよう叫ぶように訊いた。
原田社長はTシャツ青年に
「そろそろええんちゃうか?一旦止めて開けてみぃ」
と大声を上げた。
青年はスイッチを切った、岩のような音はようやく静かになったが、今度はシャーッと、激しく流れる水のような音がやかましい。

「ちょい足らんかも」言いながら青年が蓋の取っ手を持ち上げると水も止まった。
「おう、どれどれ」と云いながら社長が歩み寄る。
僕も近づいてみた。
すると、機械の中からは、ジーンズの山と、なぜかコブシ大の石ころ、それもかなりの数が転がっていた。
プレハブ小屋にすえつけられた機械は馬鹿でかい洗濯機のようでもあった。

「さてと。。。今度はどうやろか」
つぶやきながら青年が一本のジーンズを引っ張り出した。
「お、行けるんちゃうか」
社長が嬉しそうに手に取った。
だがそれは所々、白くまだら模様になり、すっかりくたびれた哀れな姿のジーンズでしかない。
(石ころと同時に洗濯すれば当然じゃないか)
ところどころ擦りキズも見える。
「今ので何時間や」原田社長が青年に訊いた。
「おおかた3時間かな」
ぶっきらぼうに青年が答える。
「お、だいぶ短縮したな。やっぱ石、増やしたんが正解か」
「ああ、おやじの言う通りかもな」
半袖青年が言った。

なにが正解なものか、ぼろぼろやん
哀れにボロボロになったジーンズを前にして、理解に苦しむ親子の会話にしか聴こえない。

「森野はん、こいつがアメリカで見てきよったんですわこれと同じような奴(機械)」
と青年の肩に手をやった。

「はぁ・・・」

「いろいろ話を聞いてみて、それぐらいなら日本でも出来るんちゃうかと、さっそく地元の業社にこの夏まえから作らせてたんです、先月にようやく一号機が完成。今ので10回目のトライですわ。どうです、この風合い、仕上がり具合」

嬉しそうに云いながら原田はジーンズを突きつけた。

「これのどこがですの」
だが原田は
「いやあ、おそらくこれ日本で初めてですわ、絶対行けますわ」
と繰り返すだけだった。

ふと、ジャンニ事務所の若いデザイナー。彼が履 いていた“穴開きジーンズ”を思い出した。
(まさか。。。んな。やはりあれはファッション?)

                       ※
その帰り、私鉄のなかでぼんやりつり革につかまっていた。
車内アナウンスが次の停車駅を告げた。
急に思い立つと、居ても立ってもおれなくなり、鞄から必死に手帳を探した。
(確か、書き写したはずだが。。。。あ、あった、木内社長の)
繊維ジャーナルの電話番号を確認するや、電話をかけるため次の駅で停まるや、迷いもなく降りたのだった。
腕時計を確認すると夕方の5時前だった。
少しあせりながら公衆電話を探した。ホームに無けりゃ、途中下車してまでも。。

 大阪市内では終わりかけていた 金木犀の香りが濃厚に漂っていて、それだけで何やら得したような気分になった。
                  つづく



※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

 (-_-;)