小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃に その47

ここがあの大井屋か。。。
老舗の高級料亭。大阪市内、それもミナミのど真ん中にあるにもかかわらず、まるで山峡の宿に来たような風情があった。
贅沢に広々と面積を稼いだ庭園には様々な樹木が生い茂り、苔蒸す池には朱赤の太鼓橋が架けられていた。きっと一匹数十万円の錦鯉でも泳いでいるに違いない。

「森野さんここは初めて?」
きょろきょろと庭を見回す僕を見て木内社長が振り返った。
「え、えぇ勿論。気軽に私などが来れるような場所じゃないですから」
「はは、船場商事さんが接待と言ったら必ずここですわ、これから何度でも来ることあるでしょう。のぅハルエさん」
木内は、二人を案内し前を歩く仲居さんに声をかけた。
「えぇ。船場商事さまにはいつもご贔屓に預かっていますの、森野さまもどうぞよろしゅうに」
和服がよく似合うハルエさんは“これぞ上品のお手本”と言った表情で挨拶した。
「あ、こちらこそ」

居酒屋案山子の女将さんの顔が浮かび、まだ見ぬ前村のお袋さんを思い、そして・・・伊村会長の顔が浮かんだ。
「今宵は、こちらでございます」
奥の部屋を指した。
ハルエさんは障子前で三つ指をつき、中に声をかけた。

「国光さま、木内さま達がお見えになられました」
中から「おう」と返事がした。
声だけは元気そうだった。



「失礼します」そろりと障子を開けるや
「では急いで追加の支度をして参ります」
「あぁ急で悪かったな」
「何をおっしゃいます。とんでもございません」
ハルエさんはもう一度僕と木内にお辞儀をするや戻って行った。


「やぁ」
「よぉッ。。。。えっ」
国光は木内の陰から現れた僕を見、一瞬びっくりした表情をみせた。
「すみません常務、お邪魔します」
「なんとまぁ森野も一緒か、まぁこっち座れ」国光は横の座椅子を指した。
「どうもすみません」
部屋に入るなり青畳の香りが鼻をついた。八畳ほどの個室はこれまた贅沢な落ち着きを見せている。黒壇かなにかだろう。黒光りのお膳は重厚な輝きを放っていた。床の間には豪華な花瓶、掛け軸が飾られていた。
国光は声だけでなく表情も元気そうだった。

「僕が無理矢理に誘った、さっきまでウチの社に居てた」
木内社長は上着を脱ぎ壁際のコート掛けにぶら下げた。
もうすっかり常連なのかその仕草はまるで我が家のように振る舞っている。
僕の場合、どうしたものか迷ったが、結局上着は来たまま座った。
「なぁ森野よ」
「は、はぃ」
「あのオンボロビル、幽霊は出なんだかぇ」
国光が笑った。
「いえとんでもない、いろいろと教えを頂いて参りました」
「わざわざ出向いてかぃ、やっぱ有望な青年は心構えがちゃうわ。あ、それより木内君」
「何よ」
「ワシのウワサ話してたやろ、どうも夕方あたりから、くしゃみが止まらなんだ筈や」
「よして下さいや常務。噂なんてするヒマなぞ。。。なぁ森野さん」
「えぇ」
「はは、冗談やがな」
国光は正座になり、真顔になるや
「今夜はお招きに預かり、それにウチの森野にまでお世話になりありがとう」木内に頭を下げた。
僕もあわてて座り直し、木内社長に頭を下げた。
「あ、そんなぁ国光常務。いまさら他人行儀な。頭あげてください、森野さんも」

「失礼いたします」
先ほどのハルエさんが二人ほどの仲居さんを引き連れ、料理とお酒を運んで来た。
「じゃあ、とりあえず乾杯といきますか」
木内の発声で、粛々と豪勢な宴(うたげ)が始まった。だが両巨頭に挟まれた僕は、緊張と二人の高度な仕事の会話で、最初のうちはとてもじゃないが、料理を味わう余裕などなかったのである。

・・・・・・・・・・・・・・・
話題は泉州アパレル、原田社長に移っていた。
「なんとまぁ、機械でそれをか、あそこは手縫いが売りのクソ真面目な会社という印象しか無かったが」
「はは、おそらくバランスやて」
「バランス?」
「すべてこの世は 陽と陰 水と火 右と左。両方があってこそ」
木内は国光を相手に講釈を始めた。
「それと関係が?」
「あぁ、原田社長もおそらくやが手縫いを死守する一方、機械に頼りたい何かを探っていたんじゃないか。また傷のない品質の製品を死守する一方で、本来人間が持っている破壊欲求。おそらく無意識の偶然だろうけど、その両方を求めたと思う。それにしても、原田社長。凄い奴や、今日始めて気付いた」
なるほど・・・
初めて横山と訪問したとき「数量はこなせなくても、手縫いにこだわるのがモットーです」
原田社長が、誇らしく自慢した手縫い加工の製品と、機械による傷つけの”よれよれジーンズ加工”は まったく正反対なシロモノだ。あの原田社長らしくなく、違和感を覚えていたのも事実だ。
バランス感覚・・・・なるほどそう云われてみると。

「ところで、ジャンニ・・・」木内が国光と僕を見据えた。
「ジャンニがどうかしたか」
徳利を木内に傾けながら国光が訊いた。
「販売前から猛烈なブームが来ている。ま、それは確かにありがたい出足だろう。けど一方で凄く不安にも思う」
「あぁ、ワシも同じ思いや」
え、そう思っていたのか。。。意外な。
「森野さん」
木内は僕を見た。
「は、はい」
「山高ければ、谷深し。。。株の世界での言葉です。高騰が続くほど、暴落も激しい。けど相場の世界だけでなく、すべてがそうです」
「はぁ。。」
「でも企業としては一発勝負で終わるわけにはいきませんよね、存続することがいわば使命です」
「えぇ」
「ジャンニも遅かれ早かれ、必ず凋落が。そこでや」
「はぃ」

「また木内の講釈が始まったわ・・・」
国光は僕にビールを傾けた。
「あ、恐れ入ります」グラスを受けながら、木内の方を向いた。
「国光、よく聞け」木内は少し酔っているようだった。
「あぁ、聞いとる」
「谷、深し。じゃあその谷を埋める別の山を探せば良い。。。そういう事なんです、企業としての解は」

木内は胸のポケットから手帳を取り出した。

高い山を黒のボールペンでひとつ描いた。僕に見せながら 
「ひとつだけじゃ谷は深いままです」
「えぇ」
「それで。。と」
とその横に少し低い山を描き、さらにその横に低い山を描いた。
さらに・・・手帳の端っこまで繰り返し
次に
それらの山の稜線を赤のボールペンでなぞった。
「どうです、次の山は例え低くても、こうして繋がれば全体がなだらかな大きい山となります」
「は、はいっ」
その山を見ながら、雄大な富士山を思い浮かべた。
「何を言いたいか、もうお分かりですね。たと え低くても次の山を探すことが大事です」

「その次。。その次の山がなかなか見つからない。ワシらの苦労はそれよ」
国光は木内の杯に酒を注ぎ自分の杯にも注いだ。
「ま、確かに。。。言えるわな。簡単に見つかれば誰も苦労せえへんわ。ちょっと失礼」
言って木内はお手洗いに立った。

「そういうこっちゃ、森野」
「あ、はい」
「ジャンニの後釜、探し始めることやな」
「えー、まだ販売もしていないウチにですか」
「もちろんやがな」
国光は平然と杯をあおった。
「それより。。。」木内の居ないうちにと、僕は訊いた。
「奥様の状況、如何なんです。それにピアノの方は順調じゃないようですが」
「ああ、それな・・・」
低い声が、より沈みがちに言った。
「3月までどうにか。。。と願っていたが無理かもしれん」
「そんなぁ。。。また再入院されたのですか」
「まぁ。毎度のことやが。。。あッ」

そこで何かを思い出したようだった。
「どうされたのですか」
「美央さんを病院で見かけた。何か聞いてるか」
「え、いや何も。いつの話ですの」
「今日の昼間や、声をかけようとしたが、ひどくうな垂れていて、掛けられなかった」
「えーそんなぁ。。。」
「いやあ、どうもどうも」木内が帰ってきて 僕らは口をつぐんだ。
「どうした、二人とも暗い顔をして」

コツン

その時 庭で(鹿脅し)の竹が石を打つ音に初めて気付いた。

単なる風邪か何かだろう。
急に寒くなったもんな。
きっとそうに違いない。
おそらくそうに、決まっている。あとで電話を・・・

そう思うコトにし、鹿脅しの続きの音だけを待っていた。

                つづく



※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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