小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃に その49

「え!森野さん?」。。。
前村の声には驚きがあったが、驚くのはこっちの番だ。
彼女の家は確か大阪市内のはずれ、地下鉄の時間で云えばここから3、40分ほど向こうではなかったか。

「前村こそどうしたん。飲み屋街でひとり買い物袋提げて、こんな夜遅くに」
「う、うんまぁ」前村は恥ずかしいのか下を向いた。

(あ、お袋さんの店。。。)

「実は・・・森野さんにはまだ云っていなかったけど、母がやっているの。・・・あそこ」
前村が指さした方向をみると”割烹 まえむら”ぼんやり灯る提灯型の看板が見えた。
大井屋ほどではないが、黒色の板壁に囲まれ、見事な枝振りの松の木が一本、塀の上から覗かせている。さしずめミニ大井屋と云った情緒を醸し出している。

「へーそうなんや高級そうな店。で、いつも手伝い?」
「ううん、今夜はたまたま。手が足らずどうしてもと無理に頼まれ。。。あ、手伝いと言っても買い物とかの雑用係り」
買い物袋をにゅうっと突き出してみせた。
「森野さんこそ、バーなんかに。お独り?」
「あ、ちゃうちゃう繊維ジャーナルの木内社長が中に。それにさっきまで国光常務も。。。」
大井屋まで一緒やった。そう云おうとして思わず大井屋の名前は呑み込んだ。

「しかしまぁ、此処で会うとはね」
「中へ入らへん?木内社長を紹介する」
「ごめん、店に戻らなきゃ。。」前村は袖をめくり時計を気にした。
「あ、僕も電話するとこやってん」店先の公衆電話を指した。
「じゃあこの次またね。木内社長に宜しく。じゃあ明日」
「あぁ、云っておく。じゃ明日また」
前村はぺこりと頭を下げ手を振った。それじゃねと歩きかけ
あ、と停まった。

「電話で思い出したけど、石坂さんて云う方から電話がありました」







「えっ!何時ごろ?」
「直帰させてもらうて云う電話の、すぐあとやったから5時過ぎかな。てっきりご自宅へ直帰と思い。。。」
「え、いま掛けるところやってん。。例のピアノの先生」
「そうなんや。ご年輩の方だったんですね。じゃあ明日ね、遅刻しないように」
「じゃあ明日。。え?年輩!?・・・」
胸騒ぎが襲った。

前村の背中を見送りながら、(美央の声は電話だと年輩者に聞こえたのだろうか。え、まさか掛けてきたのは美佐江さん?いずれにせよなぜまた)動悸が激しくなり始めた。

会社に掛けてくると云うのはむろん初めてのコトだ。
もどかしい手つきで手帳をめくり始めた。
だが、酔いと、胸騒ぎからくる震えでうまくめくれない。。。
思えば石坂家に電話をするのは初めてのことだった。番号を覚えていなかったのが悔やまれる。
ようやく”あ行”のページに。
受話器を上げ、十円硬貨を二三枚落とし入れた。ダイヤルを回し、呼び出し音を数えた。

・・・・・・・・・・・・・
十回を超え時計を見た。10時前。もう寝たのだろうか。いやいや
(祖母も一緒に深夜まで起きてるの、その分、朝は遅いけどね。羨ましいでしょ)
ペロっと舌を出した美央の言葉を思い出した。
番号を確かめ、その後何回か繰り返したが、とうとうあきらめ受話器を戻した。
ガチャ。カチャカチャとむなしく戻ってきた十円玉を拾った。

-----------何の用件だったのだろう
胸騒ぎは頂点に達し、その場に沈んで行きそうな感覚がよぎった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あ森野さん、あまりにも遅いから様子を見に行くところでしてん」
木内はドアの前まで来ていた。
「あ、どうもすみません、職場の同僚とこの前でバッタリ。すっかり立ち話を」
「え、中に入ってもろうたら?」
「あ、用事の途中とか。で今別れたとこ」電話のコトは言わなかった。
「んな残念。で、同僚てどなたでしたの」
「営業事務の前村て子。彼女のお母さんの店、すぐそこですねん。割烹まえむら」
「えーなんとまあ。。。いやあ」
「店、ご存じなのですか」
「ええ何度か。あそこの女将は若くして大井屋の仲居頭まで勤めた方なんですわ。かれこれ二十年ほど前までね。まさか船場商事に勤める娘さんが居たとはね。いやあ全然知らなかったですわ」
「え、じゃあ国光も知っていた?」
「あ、国光はたしかニューヨーク駐在で当時の事は詳しくないと思う。前村の店も知らない筈。それにしても船場商事に勤める娘さんが居たとは、あの女将に」

木内の声はいつしか大きくなっていた。
カウンターの向こうの気配が変わった気がした。なにげに見ると、マスターのグラスを磨く手が一瞬ではあるが止まった。

「マスターどうかされました」
「あ、いえなんでもないです」ぽつりと告げ 再びグラスを磨き始めた。

「森野さん、この無口なマスターからようやく聞き出しましてん」
木内は顔をほころばせた。
「何をですの」
「やっぱ 国光は客の居ない時を見計らってあそこに座っていたようです」
奥のグランドピアノを指差した。
まあ、あり得る話だな。
事情を知っていたゆえか、特に驚きは無かった。
だが、次の言葉が胸を揺さぶった。

「で、やっぱ3月にココを予約していたらしいんです、奥様の誕生会会場として。けど先日断りの電話があったとか」
「えーそうだったんですか」
マスターを振り返った。
「えぇまぁ」
静かに頷いた。
「けど、ワシ良いこと思いつきましてん」
「どのような?」
「3月まで待たんでも例えば来月のクリスマスでも、なんでも宜しいですやん、口実つけ、ここでパーティしましょうよ。皆で、パーと。あ、このつぎ奥さんの容態が落ち着いて退院でもされた時、退院祝いとか何でも良いですやん。適当な口実つけ奥様を呼び出し国光のピアノを聴かせて上げましょうよ。きっと感動や思う」

「なるほど。。。」と思った。

だが、ピアノという言葉に 再びよぎったのは

 美央の顔だった・・・・・・・・

             つづく



※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名

、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はござい

ませんので。

 (-_-;)