小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その1

2012年8月5日ロンドンオリンピック 男子陸上短距離100m走 大方の予想通り、優勝者はジャマイカ代表 ウサイン・セント・レオ・ボルト選手だった。決勝タイムは9秒63。 3年前の世界陸上選手権大会にて同選手が叩き出した人類初となる9.5秒台の世界記録9.58には及ばないものの、オリンピック新記録の堂々たる金メダルだ。 各国の衛星中継は熱狂ぎみにそれを伝え、熱心な陸上競技ファン達は興奮した。

もと山陰日日新聞政治部記者、今はフリージャーナリストの寺島康之もその時点では単なる視聴者の一人としてパソコンに向かっていた。

(ま、予想通りだな。これが日本人だったら。。いやアジア人としても興奮度は変わろうに) ジャマイカ国旗をマントのようにひるがえし、満面の笑みでトラックを駆けるボルト選手を見届けるや、テレビリモコンのスイッチを切った。

さてと、原稿に集中しますか。

そのあと21インチ画面 5面分ほど打ち込んだあと、ベッドに倒れるように潜り込み、ようやくの眠りについた。 窓の向こう、すでに太陽は天高く、ギラギラと照りつけていた。

                  ※

9月に入っても大阪の夏は終わらない。 ようやく朝晩に涼しい風が吹き始めた20日朝のことだった。 地下鉄のホームで携帯が鳴った。 ディスプレイには新春社編集部、三好菜緒子と表示されてある。 (久しぶり・・・原稿の依頼か) 「どうも寺島です」 だが、あいにく列車が滑り込んでくるタイミングに舌打ちした。 ホームの騒音と注意喚起のアナウンスがぶつかり携帯の声が聞き取りにくい。 「すみません、あとでかけ直します。5分ほどで仕事場の駅ですんで」

仕事場として借りているワンルームマンション。 いつもなら駅から歩いて6分を3分だった。駆け足の分、汗がなかなか引かない。

「先ほどはどうも失礼しました。寺島です」 (どうも新春社、三好です) 原稿の依頼かと期待したが違った。

「はあ、大学の教授が私に?」 (えぇ、昨年出版した "奇跡のヒーロー”それに関心がおありのようで)

テロと闘った奇跡の日本人。。。当然、新聞記事として発表するつもりだった。が、上部からNGを出された原稿だ。その後新聞社を辞め、ノンフィクションとしてようやく世に出た。山陰日日新聞、当時の上司、加治川の口添えもあり、出版社大手 新春社を紹介してくれたのだった。 だが、ほとんどは架空の絵空事小説という扱いだった。 平和な日本にそのような事件など起こる訳がないし、だいいち事件だって報道されなかった。一部ネットで騒がれたものの、大きく反響を呼ぶことなく 初版一刷のままだ。

「へー奇特な方がおられるんですね。で、あれが何か?」

(寺島さん、その教授に会っていただけません?。あ、大学は大阪。。。)

「ま、まあ」 スケジュールを確認するまでもなく、手帳は空白が目立つ。

「別にかまいませんが、でなぜ私に」 そういうや、三好に沈黙があった。

(実は。。。寺島さんにではなく、興味があるのはあの本にかかれた方なんです。どうしてもコンタクトを取りたい。と)

胸が震えた。 何度思い返しても、熱いものがこみ上げる。 家島諸島の海原。 暴風雨の波、風 そして巨大タンカー。 タンカーの船内、目の前で繰り広げられたあの事件は一生忘れられないだろう。

「わかりました。で大学名は?」 「たしか北摂大。。。と仰ってました」 「あぁ、北摂ね」

時計をみた。 「了解です。うまく行けば昼いちには着くでしょう」

               ※

受付で名刺を差し出し、教授の名前を告げた。 「工学部 三浦隆史教授ですね」 「え、工学部ですか」 「えぇ。。。」 少し意外な気がした。あのテロ事件に関心があるとすれば政治学、あるいは国際問題関係の教授と思い込んでいたのだった。

「どうもどうも、わざわざ来ていただいて」 数分後 教授はやって来た。予想通り、白髪のぼさぼさ頭だった。予想した白衣は着ていなかったが。 教授の案内で 研究室に通された。 8畳ほどの部屋。両側の壁には本で埋め尽くされている。

北摂総合大学 工学部物理化学科 主任教授 三浦隆史 差し出された名刺を何度も確認した。

「いやあどうも、感激です。お越し頂き」 「はぁ。。で、物理科の教授がなぜにまた」 「ちょっと失礼」 ひょいと振り返るや 机上の[奇跡のヒーロー]をつかんだ。 ふと見ると、あちらこちらページが折りこまれ、赤鉛筆で線が引いてある。

勿論熱心に読んでくれている証拠だ。悪い気はしない。

「寺島さん、これは実話なんですね」

「えぇまあ。若干誇張ぎみの部分もありますが、真実です。実際にあったテロ事件です。政府の要請で架空話的な本になってしまいましたが」

「じゃあ、テロと戦った方たちも実在なんですね」

「もちろん、一応匿名ですが、全員実在され、今もご健在です」 云いながら彼らを思い出した。 無性に懐かしい。直ぐにも逢いたいと思った。

すると、三浦教授は、がばッと身を乗り出し絶叫するように云った。

「お願いです、一度彼に会わせてくれませんか」 「えぇまぁ・・・全員にですか」 「いえいえ、この子・・・いやこの青年に」 折り曲げたページを開き、指さした。

2メートル近い身長。だが全身筋肉の固まりだった。船内の天井近くまで跳躍するや、鮮やかな廻し蹴りが主犯格の首を捉えた・・・・

尚も教授は続けた。

「二十歳前とありますが間違いは無いですね」

「えぇ、事件のあった日ですから。確か今は22、3でしょうか」

「寺島さん 最高です」 教授は云いながら手を握ってきた。

「まぁまぁ教授。落ち着いてください。すぐにでもコンタクトを取ってみますが確定したわけではないので」

「ありがとうございます」

「それにしても何故にまた物理学の貴方が」

「9秒台の夢です。日本人初の」

「は、はい?」

つづく ※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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