小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その9

(一年ほど陸上への挑戦に会社を留守にしたい) 河本の言葉に、従業員たちから猛反発の声で会議室は騒然となった。

そのとき 「あのーぅよろしいですか。皆さん」 と 麗花が立ち上がった。

「麗さんも当然反対やなぁ」後ろから声が飛んだ。

だが彼女は、ひるむことなく「いいえ賛成です」と応えた。 「えー」「そんなあ」「なんでやの」「うそっ」 あちこちで声が飛ぶ。 だが麗花は平静な表情で 「河本社長が。。。日本記録を更新した瞬間を想像してみましょうよ」と云った。

「え、まぁ。確かに凄い。けんど」 「けんど何でしょう」 「けんど、会社とは関係ないことやん、個人的な都合で1年近くも留守するて職場放棄もええとこやん」

「そうでしょうか、そうは思いません。私が思い浮かべたのはむしろ逆です」

「はぁ?」


「記録を打ち立てたなら、社長は一躍”時の人”です。そして河本の身分もマスコミにとり恰好の美味しいネタです。陸上の世界ではまったくの無名だった素人が日本人初の9秒台。所属は?と調べたなら、なんと若くして会社の社長。。。 当然のように社長が率いる当社も脚光を浴びるコトでしょう。連日のように各地から取材陣が殺到。。。。そこで、当社独自のシステムをアピールするチャンスが生まれます。 さきほど誰かが云っていたヘリシステムの案件、法律の制約に縛られ難航しているだけなのですが、マスコミを味方につけるまたとない機会でもあります。 さらに言わせてもらえれば、資金面の協力を申し出るスポンサーだって現れるかもです」

(なるほどな。彼女の思考の深さに舌を巻く)

「あ、なるほど。。。」

「それと先日、奥様から聞いた話ですが、赴任早々例の事件に巻き込まれ数日間休みを余儀なくされたものの、復帰以来の2年半、ただの一日も休みなしで働いて来られてます。そういう人の何倍も仕事や会社を愛されてられる社長。今回のご決断は、よっぽどのコトだろうと思います」

「え、そうなんすか」

一斉に河本社長に視線が集中し、会議室は静まり返った。 「あ、それは誤解や。春まで食堂の二階に住んでたから。それと今回のことは、単に記録への挑戦を楽しみたいだけで・・」 河本は照れ笑いを浮かべながら云った。

(赴任早々、例の事件?。。。家島騒動以外にも何があったと云うのか)

「けど麗ちゃん。本音は社長に居て欲しいのと違うん」 沢田が訊いた。

そして衝撃的な事実が麗花の口から聞かされることになった。

「えぇ沢田さん、もちろんです。。。。二年前事件を引き起こしたテロ側にいた自分・・」

「あ、その話は済んだことや」 河本はさえぎろうとした。

「一命をとりとめた兄から、私の存在を聞かされた社長は四方八方手を尽くし、探し出してくださいました。そして罪を償うため服役も覚悟を決めていたのですが、弁護活動にもご尽力下さり、幸いにも執行猶予つきの判決。とは言え前科持ちの私。そんな私を社長は暖く迎え入れて下さいました。ムロイとの仲を取り持ってくださったのも社長です。社長があってこそ今の自分。 本音・・・というか、私情的には皆さんと同じ気持ちです。でも会社的に考えるならばそれは小さいコトなんだろうと思います」 冷徹そうな彼女にしては涙まじりの声だった。

ムロイは?と見れば最後列の席で何やらノートパソコンを広げたまま居る。

会議室は静まり返った。

「うーむ」横で三浦教授の喉がごくりと鳴る音が聞こえ、 気づくと遠くからは潮騒の音が断続的に聴こえていた。

突然ガラリとドアが開き、レーシングウエアを着込み、ヘルメット片手の青年が入ってきた。

「あれ、事務所からっぽで皆さん何ごとすか」 栗原が 「配達ご苦労やった。会議中や、ま座れ」と云った。

「はぁ。。。」と云ったものの席は詰まっていた。 唯一空いているのは従業員側に向かい合った私らの席のみだ。 仕方なく彼は横に座った。 「どうも」「あ、どうも」

「あのぅ。。。本当に日本記録が出る可能性てあるのでしょうか」 シュウジと呼ばれていた青年が立ち上がった。

日本記録?何の会議なんすかぁ」 横の彼が訊いた。 「サイトウ、詳しい話はあとでするから」 河本が笑いながら諭した。

「えー大学では物理学専門の私ですが。。。」 と三浦教授が立ち上がり、例の持論を長々と語り始めた。 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 ※

「わかりました。ですが記録を出したなら本当に帰って来て下さいますか」

「もちろんや」

「他の皆も了解でええな」 栗原が見渡して言った。 従業員からは拍手が響く。

「皆 ありがとう。今日のコトは絶対忘れない」 河本が立ち上がり深々とお辞儀をした」 「あのー何のコトで」 横の彼が聞いた。 「だからあとで」

さぁ残るは、いよいよ本社とのテレビ会議かぁ。。。 私はこっそりと腕時計を確認した。

だが、 「じゃ、そういうコトですわ。高城社長ッ」 と河本は後ろの方に声を張り上げ 「ムロイ君ノートパソコンを前へ」続けて河本が云った。

え?と思っていると

ムロイがテーブルに置いたノートパソコンの画面には既に 数名の男が映し出されていた。

「高城社長 そういうコトなのです。了解いただけるでしょうか」

「本当に自信があるのか」 画面から高城の声が響いた。 「無ければ話に乗りませんよ」 「じゃあ了解や。坂本君に、中岡君、それでええな」 画面の高城は横を振り向いた。

「ま。しかたありませんね」

笑い声がモニターの画面からこぼれた。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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