小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その17

ヒロシが云うように、キタにしては静かで落ち着いた店だった。 紀ノ国屋書店から歩くことおおよそ10分。地下鉄の駅で云えば梅田より中崎町が近いとのことだった。 店のある下町通りには、格子の板壁に覆われた店や黒壁の家が点在し、どことなく京都の町屋通りを思わせた。 その料理屋。店内にも独特の風情があった。座敷から眺められるように、小さいながらも中庭があった。ただ樹の紅葉は青々と生い茂ったままだった。

「良い店を知っているんですね」 「いやいや佐々木の行きつけ・・ちゅうか隠れ家みたいなモンらしいです。現職時代からの顔なじみだそうで」 現職と云う言葉に一瞬、ハッとしたが、佐々木の場合は元刑事。 そして目の前のヒロシは元暴力団組員。その組み合わせの妙に思わず笑ってしまった。

「何か」 「あ、いやなんでもない」 なんと云っても、そのような彼らに全幅の信頼を寄せ、なにかコトがあるたび頼りにする高城社長。肚(はら)の太さをあらためて思い知った。なんとなく痛快な気分にさせられる。

「しかしまあ、とんでもプロジェクトが始まってたとは。奴(河本)何も云わなかったからビックリですわ」 空にした私のグラスにビールを傾けながら、ヒロシが云った。 「いやいやヒロシさん、貴方のコトの方こそ、私には驚きでした」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 先月末だった。私は挨拶と御礼を兼ね、田嶋総業本社を訪ねた。
テレビ会議で承認されたとはいえ、高城社長や坂本常務と直接にお会いし、礼を述べるのが筋と考えたのだった。 もちろんそこには”白浜騒動”についても詳しい話が訊けるのでは?という淡い期待があった。

・・・・・ 「寺島さん、本日はわざわざおおきに。しかしまあ彼にはいっつも驚かされますわ。二年前の白浜騒動、さすがにあれが最後かなと安心してたんやが。。。」

一介のジャーナリストに過ぎない自分に対し、しかも突然の訪問にも関わらず、高城らから私は手厚い出迎えを受けていた。

築港騒動や、家島騒動の思い出話に始まり、今回の陸上についての話題も尽きかけた頃だった。高城の口から出た”白浜騒動”の言葉に、チャンスとばかり胸が躍った。

「そう言えば、河本社長が白浜へ赴任早々、テロ騒ぎに巻き込まれたとか、当時大阪ではそれらしき事件の報道など流れては来なかったと記憶するのですが、一体何があったのでしょう?」

すると高城は 「え、浩二から訊いてなかった?」しまった。という表情になった。 「えぇまぁ、あのテレビ会議のあと河本社長や麗花さんに尋ねても、(まぁそのうちに、今は勘弁して下さい)と、結局そのままで。まあその時は、陸上へのゴーサインが出たことの喜びの方が大きかったですから、まぁそのうちの言葉を信じて。。。ですがしばらく後、気になり始め、あれこれ調べて見たのですが、結局とうとうわからずじまいで」

「なるほどな、浩二や麗花さんがそう云ったなら。。。このワシから話す訳にはいかんわな、なあ常務」 高城は傍らの坂本と中岡常務に同意を求めた。 坂本は急に振られ、あわてながらも 「えぇ、なにしろ寺島さんの場合ジャーナリストですけん。しばらくは穏便にしておいた方が良いでっしゃろな」 「はぃ私も同感です」 ふたりとも相槌を打った。

「あ、誤解されるとあれなんですが、私の場合、当事者たちの承認が得られるまで決して記事になど致しません。ただジャーナリストとして、一体なにがあったのか、真実だけをただ知りたいだけで」 「そう云われてもな」 「そこを何とか」 「ま、寺島さんの気持ち、わからなくはない。けどワシ等の立場ちゅうものが」 高城の表情が曇った。 「お願いです。この通りです」 思わずソファーから離れ、床に土下座をした。

「あ、あかん、土下座なんて。寺島さん頭あげてくださいや。わかったわかった」 「え、では。。。」 「いや、わしらの口からは言えん。が、当時の事情を詳しく知る者。ほかにも居る。。。」 「白浜倉庫の方たち全員口をつぐまれました」 「そらそうじゃろな」 「白浜以外に居るとすれば。。。。」

すぐには思い浮かばなかった。が、 「家島騒動でもおった(居た)がな」 坂本の言葉に 「あ、元刑事の佐々木さん・・・・」なるほど、と思い出した。 「ですが、ああいう方に限って口は堅いのでは?」 取材に一番苦労したことを思い出した。

「あぁ、確かに。けど彼以外にも居たがな、元気で活きの良かったヤツ」 もう一人の顔。。。すでに浮かんではいたが、

「けど彼、姫路では?まさか白浜騒動まで駆けつけるなんてこと」 すると高城らは爆笑した。 「なんですの」 「寺島さん、そのまさかやがな。ヤツ二年前から大阪や。しかも佐々木事務所の期待の新人とくる」

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「いやはや、驚きました。二年前に取材したときすでに佐々木事務所入りは決まってたのですか」 「えぇまぁ。ただなんとなく当時、恥ずかしいもんがあってそのコトは内緒にしてました」 「で、初仕事が行方不明になった河本の捜査。。」 思い切って訊いてみた。

するとヒロシはグラスのビールをぐっと飲み干し、 「えぇ、しっかしまぁ家島騒動。あん時で奴らとの縁は終わりかな。そう思ったけど、いやはやキッチリと残ってくれてました」 そう云いながら満面の笑顔が浮かぶ。 「ヒロシさん、お願いです。何があったのかそこらへん詳しく・・・」 「へっ!まさかまだご存じでは。。。あ、それで高城社長が貴方に連絡するように。。。」 「えぇ、おおよそぐらいしか聞いていなく」

すると 「いやはや、あんとき姫路で取材を受け、数日後でしたわ。4月に入っても寒い日やったです」

そしてまさかの衝撃的な事の顛末が語られた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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陳麗花の兄。最初のうち犯人グループの一人だったという。河本との格闘の末、気絶し足手まといになった彼は、河本と同時に海に投げ込まれ・・・奇跡的に浮かび上がった二人。だがやがて水も食料もない浜辺に打ち上げられ・・・やがて決死の崖登り。そしてDリマ法王暗殺計画の阻止。。。

一命を取りとめた兄。入院中に所属組織の犯行計画や全貌。裏で手を引く某国情報組織、さらに暗黒組織の頂上に君臨する者。一体その正体は?それら知りうる限りのすべてを警察に明か した。

結果 所属のテロ組織は壊滅。一番の頂上にまで政府を通し、国際警察を動かし捜査の手が伸びることに。だが陰の頂上で君臨する者の全貌までは完全には解明されなかったらしい。 しかししばらくは国際的な監視が働き、しばらくは鳴りを潜めるのではと云う。

「ですけん、寺島さん。。。」 「えぇ。。。」 「しばらくは記事ちゅうか本など、その事の発表は差し控えて下さい。お願いします。麗花の兄。。。今は服役中でむしろ身は安全ですけど」 さすがの私も、ずしりと腹にくるものがあった。ごくりと喉を鳴らし云った。 「承知しました」 「あ、そのかわりネタに困ったなら。。。」 ヒロシはいたずら小僧の表情で笑った。 「何ですの」 「ワシのコトならなんぼでも書いて下さいや」 「あ、なるほど、それいいかも」

静かな部屋にふたりの笑い声が響いた。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名

、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はござい

ませんので。

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