小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その18

色々なコトがあった2012年もとうとう師走を迎え、フリーな立場の自分でも、なんとなく慌ただしい気分が襲い始めていた。 ニュースで聞くと今年の冬はいつになく寒いらしい。 暖冬が当たり前な大阪では寒い師走がよほど珍しいのか、会う人々は 「この寒さ、体にこたえますなぁ」と口を揃えて言う。 だが、山陰の日本海特有の厳しい冬に育った者として、(これのどこが)と心の中で反論せずには居られない。 11月半ばから4月にかけ、島根の風は寒いというより、肌を貫くような痛みが伴った。冬の期間中、青天の日はほんの少し数えるほどしかなく、ほとんどは曇天あるいは雪催いな空だったのだ。。。

あれからいよいよ3ヶ月-------。

白浜の河本のもとへ、陸上への説得に同行した三浦教授が放ったひと言が思い出される。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (普通なら1年以上かかるでしょう。ですが私の見たところ貴方の場合、基礎体力はすでに完璧です。いやすでに常人以上でしょう。三ヶ月ほど走行のための基礎トレでそれなりの結果を出せるのじゃないかと・・・・) 陸上練習初日に、期待通りな片鱗を見せた河本は、その後教授が予想したとおりの成長を見せた。 初日の自己流の力任せな走行フォームの欠点を指摘された河本。 トラックを一旦離れ、先ずは正しい走行フォームで“歩く”練習から始めさせられた。西日本ではトップクラスという北摂大陸上部主将篠塚だが、お手本を見せるため監督が見守るなか、しばらくは一緒に歩き続けてくれたのだった。

「篠塚君本人の練習に支障が出ませんか?」 つい気になって山根監督に訊いた。 すると 「寺島さん、お気遣い無用です。本来10月末から2月の中ごろまで、短距離ではオフシーズンなのです。この時期、筋トレを中心に坂道走、あるいは長距離走など、短距離とはかけ離れた練習メニューが中心なので。篠塚本人だって、つい忘れがちな基本中の基本を反復練習するのに丁度良い機会なんです」 「なるほど・・・」

三ヶ月をかけ、歩くことから始め身に付けた正しい走行フォーム。

12月の初め、河本は加速走ながら100メートル10秒台後半と云う記録を叩き出したのだった。

そして陸上部にとっても嬉しい誤算があった。 なんと篠塚主将をはじめ、他の短距離走メンバーたちが持つ自己記録をそれぞれ更新したと云う。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ プロジェクトと同時進行で執筆中の、仮題(NINE.sec夢への挑戦)ひと段落までキーボードへの打ち込みを終えるや、コーヒーカップを手に取った。 すっかり冷めてしまったブラックを一口流し込むや、大きく背伸びをした。立ち上がり軽く屈伸運動をしたあと、ソファーに体を投げ出す。

自己流のへたくそな筆文字が目に入る。 A4ワープロ用紙に、細い筆ペンを何度も走らせ、肉太の書体に仕上げた。そして寝ころんだ時に見える位置に貼ったのだった。 寂しさや、不安な気分が押し寄せるとき、この文字をみると不思議に奮い立たせてくれた。

最近では一番の、お気に入り言葉だ。

“チーム高城”

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10月なかば、再会したヒロシとの会話。

「しかしまあ河本という男。築港騒動に始まり、家島、白浜、そして今回の話。よくもまあ次から次ぎへと彼に降りかかるモンですなぁ。ま、今回の件については、私のほうから持ちかけた話といえば話なんやけど」 「寺島さんナゼや思います?」ヒロシは私の顔を覗き込みながら笑った。 「彼が持って生まれた運命ちゅうか、宿命ちゅうか」 「えぇワシもそう思います。ただ付け加えるなら。。。」 ヒロシはヒト呼吸おいて 「神は乗り越えられる人間を選んで、試練を与えるんや思います。時に間違われるコトもあるみたいですけんど」 「なるほど」 「そんな奴、何ごとにも乗り越えられる奴と出会えたコト、ワシにとって最大の幸運です」 「でしょうね。そして彼も凄いけど、彼を取り巻く面々も実に魅力的で凄い人々が。。。特に高城社長。いやはや羨ましいです。高城社長のもとにさまざまな個性あふれる魅力的な人々が集まってられる。そしてイザと言うときの、皆さんの団結力。鉄のような絆関係。ヒロシさんたちが羨ましいです」

するとヒロシは真顔になり、私の目を見据えた。 「寺島さん、あなたも今や”チーム高城”の一員ですけぇ」 「え、この私が?」 「はい」 「まさか、いやそう言われると嬉しいですが」 「寺島さんも、あの暴雨風の中タンカーに乗り込まれて来たやないですか、あんときから貴方も、チーム高城の一員です。そういう運命の巡り合わせなんですわ、きっと」

ポロロン・・・ 携帯メールの着信音が鳴った。 今やすっかりメル友。。。。と云うべきかどうか北摂大陸上部マネージャ鈴木圭子からだった。 頻繁な密着取材を避けて欲しい狙いもあったのだろう。 何かコトあるたび、いつしか彼女からメール通信が来るようになっていた。そしてそれは私にとって密やかな楽しみごとでもあった。

フラップを開け、受信を押した。

メールの文字が躍っていた。いや少なくとも私にはそう見えた。

[す、す、スゴイです。加速走ながら100メートル。 9秒8が出ましたあああああ!]

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

(-_-;)