[ゼリーのカップの、薄いビニールで出来た蓋を端から一気に引き剥がしたつもりが、縁(ふち)の部分だけがペリペリと取れ、カップは完全に密閉されてしまった。。。。(中略)。。。「あら。」と母親が言い、父親はふっと息を吐いてまた頷く。この一家は、どういう技術でゼリーの蓋を開けたのだろう。]
田中慎弥著「実験」の一節である。
主人公である私は小説家。幼なじみの春男が”鬱”を発症し、家族に請われ、最初はいやいや会いに行った時の描写なのだが、田中慎弥という作家の描写力というか、発想の凄さに驚く。そこでゼリーの蓋を持ってくるか、という様な。
また
[梨はよく冷えていて甘かった。竹を象(かたど)ったプラスチックの柄で先が二つに分かれているフォークは、昔はよく見かけた種類だ。(中略)デザートに向いているこの小さなフォークが、春男を家に釘づけにしてきた、とも思えた。]
とかの記述など、いやあ参ったなぁ。と思う。
竹風のプラフォークと引きこもりの理由を結びつける発想など、いやはや恐れ入りましてござりまする。とただ敬服するだけだ。
この作家の、「え、そこに発想が行くか」っていうのを、探しながら読むのも惹かれる理由かも知れない。