小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その21

2013年。新年明けて10日。 大阪では正月より商売繁盛の神様“えべっさん”の方が賑やかだ。近くの戎神社がにぎわいの真っ最中、私はようやく大阪に戻ってきた。 ようやく、なんて言葉を使ったが、たった一年前。実家で正月を過ごしたあと大阪に舞い戻ってくるのが憂鬱のタネだった。それは楽しいはずの正月3が日じゅう続いていたのだった。 定収入はほとんどゼロ。30年勤めあげた新聞社時代の退職金とわずかな蓄えだけが大阪暮らしを支えていた。 夢と理想に燃え、フリーとなって独立したものの直ちに原稿の依頼など来るわけもなく、持ち込む企画書はことごとく不採用。”奇跡のヒーロー”は山陰日日新聞時代のコネでようやく出版されたに過ぎない。”後悔先に立たず”という名言を身に沁みて感じる日々。いつ大阪を引き上げるか。。。そればかりを考えていたのだった。

だが今年。。。

早く大阪に戻らねば。そればかりを望む島根での正月だった。 「せっかくじゃけん、叔父さんち挨拶にまわらんとね」 旧家の造り酒屋の出の女房。親戚の数も相当なモノがある。挨拶回りだけで五日を費やしてしまった。おまけに県立高校の同窓会幹事という役回りの年でもあった。島根は2、3日で切り上げるつもりが今年にかぎって一週間も費やしてしまっていた。

帰阪を急いだ理由・・・ 思わぬカタチでスタートした週刊誌連載の「任侠探偵」の存在も大きかったが、なんと云っても8月モスクワで開催される世界陸上選手権。それに向け挑戦中の河本浩二や彼を取り巻くメンバーたち。彼ら彼女らの顔がずっと頭の中にあった。 独立して初めてだった。こんなに希望に燃えた正月をむかえたのは。というより”やるべき仕事”が待ってくれているありがたみを感じた正月だった。

郵便受けには遅れてやってきた(というより返信の)年賀状で溢れていたが、その中で一通の封書が目立っていた。クリーム色の封筒。てっきりダイレクトメールか何かの類だろう。そう思ったが手書きの宛名・・・筆跡には見覚えがあった。

もしやと差出人を見ると案の定、北摂総合大学体育会陸上競技部マネージャー鈴木とあった。 名字だけなのは家人に見られた場合を想定しての気遣いかも知れない。彼女にはそういうところがある。 ずしりと手応えがある。え?と一瞬思ったが、これのコトだったのか。と数日前の携帯メールを思い出した。 今時の若者らしく、アケオメで始まる年賀言葉に続いて (上半期の日程表を送っておきました)とあった。てっきり仕事場のパソコン側のアドレスに添付されているものと思っていた。

荷物を解き、ガスストーブを点火。ジャージに着替えようやく一息ついた頃、封書を開けた。 メールにあった陸上部関係さらに国内競技関係の日程表だった。表計算ソフトで彼女が作成したのか、実に見やすく仕上げられてある。 だが、手書きの便せんが添えられてあった。

新年明けましておめでとう御座います。のあいさつ言葉で始まる達筆。けれど所詮は、ただの年賀挨拶かと思った。だが。。。 。。。。。。。。

と言うわけで、昨年は本当にありがとうございました。私も色々ありましたが、おかげさまで吹っ切ることが出来るかもしれません。私の競技人生とはきれいさっぱりおさらばです。とりあえず・・・(このような文言お許し下さいませませ)とりあえず、当面の目標は河本君です。彼に日本記録、いや世界記録さえ視野に入れた競技生活を送っていただけるよう、マネージャー活動に邁進するコト、ここでお誓い申し上げます。ですから今年もどうぞ宜しくお願い申しあげます。敬具 追伸 「奇跡のヒーロ」監督が買ったという本屋さん。すでに在庫がなく取り寄せを依頼していたところ、ようやく手元に。そして感想。。 すごく感動致しました。その一言しか思い浮かびません。史実にもとづいたノンフィクションだと知るだけに、より増幅されたかもですが。そして現実の河本君と会いはや4ヶ月。すでに免疫はできあがっているつもりでしたが、読み進むにつれさらなる驚きの連続が。それに他にもたくさん居られたのですね奇跡のヒーロー達。河本君以外の方たちとも是非お会いしてみたいです。 (出来れば独身希望!)←単なる独り言です。ココ読み飛ばし下さいませ。 ヒーロ達に乾杯。もちろんこの本を書いて下さった名ジャーナリスト寺島様。貴方さまにも。。。では、よき年をお迎えくださいませ。

いまどき珍しい万年筆の手書きだ。 そして、最後に小さくハートマークさえ描かれてある。

年甲斐もなくハートマークに胸が騒ぐ。。。だが(吹っ切ることが出来た競技人生。。)の言葉が気になった。 急に鈴木圭子という存在が脳内にクローズアップし始めた。確か今年4回生。 普通なら就活でそれどころじゃない学年に突入なはず。競技人生!?・・・北摂大は男女共学にもかかわらず陸上部は男子だけ。唯一の女子は彼女だけ。それもマネージャーとして。今まで深く考えもしなかったが、不思議というか不自然な感じすらある。

日程表を送って頂いたお礼にかこつけて電話でも。と時計を見た。がすでに午後10時を回っている。電話はあきらめ携帯メールを試みた。 (ただ今大阪。舞い戻てキマシタ。ニテイ表ありがとう) ヘンテコな変換になってしまったが、訂正する手間ももどかしく、そのまま送信した。 ・・・・・・・・・・・・・ 直ちに返信、あるいは携帯が鳴るかとの予感があり、しばらくの間携帯を見つめそのまま待った。

だが、タイミングよく返事が来るはずもなく無言のままだ。 風呂にするか執筆の続きにするか迷ったが、風呂を選びようやくソファーから立ち上がった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 風呂から戻ると 携帯電話の小窓から着信を知らせるフラッシュが点滅していた。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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