小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その25

「じゃあ午後4時、この前の”割烹まえむら”ですわ。中崎町の」 「了解です、では後ほど」 ヒロシからの携帯を切ったあと、ふと鈴木圭子の顔が浮かんだ。 彼女からの手紙(奇跡のヒーロー達に会いたいです)の文面がいつも頭のどこかに残っていた。 それに・・・今夜も彼女が横に居たなら幸せな気分で過ごすことが。 あいやいや、それは(自分さえ良ければ)の勝手な思いに気づく。 いかつい男ばかりの新年会に彼女ひとり。そりゃあないか。。。。 邪念を追い払おうとした時だった。彼女からの携帯が鳴った。

え! 「昨夜はどうも」 「いえ、で寺島さん」 あいさつもそこそこに、用件を切りだしてきた。声にあせりがあった。 「またどうかされました?」 「河本さん。。。白浜は出発されたそうですが、何か聞いてられます?携帯もつながらないんです」 「あぁそれでしたら心配いりませんよ、夕方から彼の激励会を兼ね、新年会が開かれるんです。移動の最中かと」 「えぇッ・・・そんなぁ」 彼女を安心させるために答えたつもりが、余計に衝撃を与えてしまったようだ。 「はぁ?なにかマズイことでも」 「えぇ、実は。。。。」


・・・・・・・・・・・・ 河本の体重だった。11月末に計測したところなんと100キロのラインを超えていたらしい。一般の部員にとっては決して楽じゃない練習メニューも河本にとっては負荷が軽すぎたのかも。だからと云ってこれ以上負担をかけすぎるのも慣れない陸上では危険が伴う。そこで鈴木によるカロリー計算に基づき食事による減量作戦を開始、ようやく元の体重に戻りつつあり一同ホッとしたのも束の間、冬休みに突入。けれど心配した今回も多美恵夫人に協力を仰ぎなんとか乗り切ろうとしていた矢先とのコトだった。 毎日のように食事関係について連絡を取り合っていたらしい。

「そんなコトがあったのですか」 「えぇ心配をかけてはと、内緒にしていました。で、この冬休みも何とか乗り切り多美恵夫人に(あと一日お願いします)そう電話を差し上げたら(さきほど駅まで見送りしてきたところ)って、すっかり慌ててしまいました」

「・・・・・」

「ですから新年会だなんてとんでもない。おそらく今までの苦労も水の泡に。。。」 「でも昨夜篠塚君だって」 薦められるままにビールや料理を平らげていた姿を思い出した。 「主将の場合、どれだけ食べても飲んでも太らない体質なんです。どちらかと云えばやせ気味で、むしろ反対にウエイトを付けた方が」 「そうだったのですか。すみませんそんなコトとは知らず」 果てさて困った。どうしたものかあれこれ思案していると 「場所はどのあたりですの?」 「場所と云いますと」 「ですから新年会が開かれる所」 「あ、駅で云えば中崎町です。地下鉄谷町線、東梅田のひとつ向こう」 すると 「時間は?」と、立て続けに訊いてきた。 「夕方の4時からです」 少しの沈黙があったが、しばらくして 「私・・・」 なにやら聞こえにくい声だった。 「はあ?」 「私も参加したいのですがダメでしょうか」

三週間ぶりに会う河本は太るどころか、真っ黒に日焼けしより精悍さを増していたようだった。 冬休みは、白浜で思う存分羽を広げるどころか、トレーニングに明け暮れたようだった。

田嶋竜一が河本の姿を見つけるや慌てて駆け寄った。さっそく二人で何事かじゃれあっている。 「いつものコトですわ」 横の中岡常務がそっと教えてくれた。 時計を見れば4時ちょうど。 さてと。 部屋を見渡し鈴木圭子の姿を探した。が、まだの様だった。 そういえば 幹事役のヒロシに高城社長の姿も見かけない。 え?と思っていると 「遅れてすまん」 云いながら高城社長が大広間の襖を開けた。なんと、続いて鈴木圭子、ヒロシも続いて入ってきた。

「しかしまぁ ここの女将。理解があって大助かりや」 高城が云うと 「えぇ、よく承知してくれたっすね」 ヒロシが応えた。

「では高城社長、挨拶をお願いします」 ヒロシの司会に高城が前に立った。 「浩二君、鈴木さん前へ」 高城の呼びかけに二人は並んだ。

「では紹介する。浩二の横の女性、北摂大陸上部マネージャー鈴木圭子さん。いう間でもなく浩二がモスクワで日本記録達成の為、親身になり骨身を削ってられる有難い方や。で、ワシからのお願いや。今夜は全員アルコール類の一切は禁止。料理も急きょ変更してもらいカロリーの少ない奴だけや」 「えッ」 一瞬だが驚きの声が席の方からあがった。

「皆様 もうしわけ御座いません。私から無理にお願いしたのです」 鈴木が頭を下げた。 すると 「かまんかまん、気にすることあらへん、すべては浩二君の為や。全員納得やがな」 坂本常務が云った。 「こういう新年会もひとつぐらいあっても良いやん、ええ思い出になる」 あちこちから声が飛んだ。 「皆、ありがとうございます」 河本が頭を下げた。 「これだけ応援してもらたら何が何でも10秒の壁を破らなあかんな」 竜一が囃すと、全員ドっと沸いた。

そのようにして飲み物は烏龍茶、あるいはノンアルコールビール。料理はカロリーのかなり低い野菜がほとんど。という珍しい宴会が始まったのだった。 だが予想以上に料理は美味しく、高城を中心に賑やかにそして和やかに会は進んだ。鈴木圭子はよほど嬉しかったのだろう、はしゃぐように全員に挨拶に回っていた。誰かが云ったようにそののちも何時までも思い出に残る激励会になったのだった。

宴会終了後 女将がわざわざあいさつに来られた。 ハッとする程の美人で大柄な方だ。 「みなさま本日はおおきに」 「いやいやこっちこそ急に無理云うてすまん」高城が云うと 「何云うてはりますの、こんな光栄なコトございませんよって。わても今夜ええ経験させてもらいましたよって」 額が畳についた。 「あ、先日の寺島はん」 なんと一回行っただけで顔を覚えてられていた。 「どうも」 「今後もご贔屓に」と名刺を差し出された。 割烹まえむら 中崎町店女将 森野加奈子 とあった。

帰り道、ヒロシがぽつりと云った。 「女将のご主人、商社会社の重役らしいですわ」 「ほーう。なんとまあ」 驚きながら店を振り返っていた。

つづく ※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです

万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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