小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その28

3月末から4月にかけてのこの時期、学生らは春休みの真っ最中なのだが、河本浩二の場合大学の職員という身分でもあった。 学校側としては進学や新入生を迎える準備などの行事が重なり、年間を通しても超繁忙期でもあった。当然河本も多忙な日々を余儀なくされていた。 そんなある金曜の夜だった。河本浩二からの電話があった。

「珍しいですねあなたの方から電話くれるなんて」 「すんません。で早速なんですが明日予定あります?できれば梅田つき合ってもらえたらうれしいかなぁって」と訊いてきた。 明日は土曜。。。今のところ予定など真っ白な筈。 「え梅田?ええ大丈夫です」 そう云うや 「うわあ助かりました」大げさと思えるほどの感激の声だ。 「でもなぜまた梅田に?」


「あ、すみません。映画ですわ」 「映画?」 これまた意外な返事だった。 「久しぶりに土日の休みが取れたんです。前から観たい奴あったので。でも一人で行くのも苦手であれこれ迷ってたんです」 「そりゃあどうも。でも私みたいなオヤジより同世代の竜一さんとか」 「すんません。実は竜一とかヒロシに声かけてみたんです。けど二人とも都合悪くて」 「なるほどね、でも私を思い出してくれてありがとう」 社交辞令なんかではない本当の気持ちだった。

久しぶりの映画だった。 [(フライト)予告を見た段階で私も興味を持っていた。奇跡の生還を果たした機長。だが機長にはアルコール中毒やドラッグ疑惑が。。。] 河本は余程嬉しかったのだろう。何度も「いやあ感動でした。よかったです」 と口にした。 見上げるような体格。日本記録もしくは世界記録をも視野に日々なれない陸上と格闘しているが、よくよく考えればまだ23の子供なのだ。もし私に子供が居れば浩二と同じぐらいの歳ごろだろう。

「腹減らないですか?」 鈴木圭子との会話を思い出しながら云った。 「ええまぁ」 「少し歩きますが中崎町の」 「もしかしてこの前の?」 「はい・・・・実は鈴木マネージャーからの”お達し”なんです」 「うあぁ、やっぱ・・・」 一瞬迷ったが彼にはなんでも正直に話そう。 電話のあと、なぜ知ったのか彼女からも電話が来た。 (明日外出されるそうですね。もし外食の際、カロリーには十分気をつけ。。。あ、先日の中崎町の店。もし営業ならあの店が良いですね。連絡しておきます) スポーツの世界とはここまで管理されなければならないものなのか。 少し河本を不憫に思った。

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「えぇまあ。息苦しさが無いといえば嘘になります。けど精一杯やってもろてる彼女の気持ちを考えたら。。。」 鈴木マネージャーの話題で盛り上がっていた。 そのとき「お待ちどう様」 女将が盆に料理を載せやってきた。 「あ、女将さん。本日は申し訳ない。わざわざ」と座り直し、頭を下げた。 割烹“まえむら”本来、土日は休みなのだが、なんと私らの為に店を開けてくれていたのだった。

「あ寺島さん、どうぞ足崩してくださいな。梅田方面に用事あるとき、いつでも声を掛けてくださいな。しかしまあ何度も云うけどホンマに光栄ですよって」 そう云って河本の肩に手を掛けた。 「いや恥ずかしいっす。まだ何の記録も出してませんし、選手権の出場も決まったわけでも無いです」 「いやそんなことないです。絶対大丈夫やから。この体格と、貴方の眼 見てたら分かりますよって」

4月半ば、数人の新入生も迎え、いよいよ本格的な陸上シーズンに突入し先輩部員たちの表情は一変していた。下旬に行われる試合にエントリーの決まった選手はより一層、表情に険しいものがあった。 練習メニューにも変化があり、筋トレ重視から、ラン中心のメニューに、そして三浦顧問が率いる撮影部隊による映像の解析と反省会が連日取り入れられたという。 ただ河本浩二の場合、3月の半ばからは池田君の指導のもと、スタート練習が9割、走行練習1割という独自の練習メニューが相変わらず続いていた。

そんなある日、グランドに現れた私の顔を見つけるや山根監督が駆け寄った。 「寺島さんグッドタイミングですな。良い日に来られました」 「え何が」 「本日ひょっとすると、ひょっとするかもです」 ニヤリと笑いトラックへと戻ろうとする。 「ですから何が」 質問を背中で聞き流し、山根は片手を挙げただけの返事だった。 トラックに戻るや入部したての新入生にあれこれ指図しながら駆けずり回っていた。 三浦顧問らの撮影隊の手伝いを終えた鈴木圭子がようやく走り寄ってきた。 「取材お疲れさまです、今から風力計の準備なんです。じゃっ後ほど」 鈴木も慌ただしくグランドに戻ろうとする。 「いったい何が始まりますの」 思わず背中に声をかける。 一瞬だけ振り返り「まもなく100の計測会」と短く告げた。 え、とスタート位置の方を振り返った。 河本は篠塚、加藤、岡田君らいつもの3名、それに池田君も交えての5名。 ストレッチ体操や、軽いランなど準備運動を始めている。

撮影隊のひとりが走り出した。 他への用事かなにかだろうと眺めていると、なんと一目散にこちらへ駆け寄ってくる。 「教授がお呼びです。寺島さんもゴール前でご覧になられては?と」 「え、三浦顧問が」 じゃあお言葉に甘えてと、小走りで学生に続いた。 風は無いようだった。朝方は冷え込んだ日だったが、午後からは柔らかな日差しがたっぷり降り注いでいた。 トラックのラインを眺めながら (全速で走ったならどんなに気持ち良いだろう) ゴール前には電光掲示板のようなものが設置されていた。 「あれはまさか」 「えぇ、電光のタイム計です。スタートと連動する本格的なモノらしいです」 三浦教授と目が合った。 「教授お気遣いありがとうございます」 「グッドタイミングですな。良い日に来られました」 「えぇ山根監督もまったく同じコト云われました」

山根監督を目で追うと、スタート位置に立っていた。

つづく ※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ご

と、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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