小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その36

すっかり見慣れたはずの北摂大学総合グランドだが、カメラ映像が捉えたそれはどこかよそよそしい雰囲気を醸し出している。 女性リポーターが「ここ、このグランドでの汗と涙が男子陸上100メートル”夢の9秒台”をもたらしたのです」と仰々しい口調で語り始めた。 映像はグランドからリポーターに切り替わった。 その瞬間、(よくもまあ大勢で)と腹立たしさを通り越し、呆れるものがあった。 クラブハウスの玄関付近は日本全国津々浦々から馳せ参じたのか、取材陣たちでぎっしり埋め尽くされている。あちらこちらで同じようにリポーター達がカメラの前でマイクを握っている。それはまだ良いとしても。。。 センター受付職員、長谷川氏が丹精込め育て上げてる花壇はすっかりカメラマンの足場へと変身。 脚立がズラリと立ち並び、哀れにも横倒しになった茎が一本見えていた。


「たいがいにせいよ、おまえらっ」 かっては、あの集団の中のひとりだったことも忘れ、画面に向かってひと声怒鳴った。 テレビのリモコンを荒々しく切るや身支度を急いだ。 久しぶりのネクタイゆえ、感覚を忘れ結び目がなかなか決まらず何度も解き直した。

船場商事大阪本社ビル。かつては浪花商売発祥の地、大阪の船場で誕生したのだが、さすがに老朽化と時代の波にはあらがえず、二年前梅田に誕生した高層ビルに、本社機能を全面移転したと言う。ただ由緒ある社名はそのまま残していた。 華やかでお洒落な専門店フロアーや老舗百貨店と同居するインテリジェントビルは、交通アクセスや環境も申し分なくまたファッションの情報発信基地としても十二分に役割を果たすなんともまあ贅沢な環境にあった。

緊張ぎみに受付で名刺を差し出し森野常務の名前を告げた。 「寺島様ですね、伺っております。係りの者を呼びます。あちらのソファーでお掛けになりお待ち願います」 「どうも」 しばらく待っていると、なんとわざわざ森野常務が迎えに降りてきた。 昨日とは180度打って変わり、紺色のスーツが渋い。純白のワイシャツにシルバーグレーのネクタイ。 しっかり磨き込んだ黒色の革靴は、どこかガラスを思い起こさせるような光を放っていた。

「寺島さん、昨晩はありがとうございました」 深々と腰を曲げられての挨拶、腰の低さは相変わらずだ。 「とんでもない、すっかりご馳走になり。ありがとうございました」 「いやあ、恥ずかしいところをお見せしちゃいました」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 競技会のあと、高城の発案でいわゆる”チーム高城”で祝賀会を開くことになり、森野夫婦も誘われ大いに盛り上がった。 「高城社長、本日のお礼も兼ね二次会は私のほうで」 「いや森野さん、ワシらに気ぃ使うことあらへん」 高城は断ったが、 「いえ、実はビジネスのお願いもあるんです」 と、森野が招待したスナックでの出来事だった。 女将さんは先に帰られていた。 他の客のカラオケ、歌が変わった時だった。 突然森野は泣き出したのだった。 「シクラメンのかほり。ってそんなに哀しい歌けぇ?」 酔っていた高城が森野にからみついたが、 「あ、いえ。。。」森野は照れ笑いで誤魔化し、何事もなかったかのように笑顔が戻り、河本の話題に移ったのだった。 ただ それがきっかけに、 「じゃあイメージ契約の件、聞いたろか」と高城が打ち解けたのだった。

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「じゃあそろそろ説明会を始めますので」 「お願いします」 森野はエレベーター前まで案内し、呼びボタンを押した。 「まだ上ですか」 「えぇ25階です」 「さぞかし絶景でしょうね」 チンと扉が開き、ふたり乗り込む。 「そりゃあもう、最高です」 森野は子供の笑顔で頷いたあと、 「本日はわざわざお越しいただき、申し訳ございません」 「いえ、むしろこちらの環境の方が」 「ですね、大学へはしばらく近づけない騒動ぶりで。この調子なら田嶋本社もいずれは」 「高城社長はもう?」 「えぇ、少し遅れるとのコトです。中岡常務がお見えです」 「え、もう」あわてて腕時計をみたが、開始時刻の20分前だった。 チンと鳴って扉が開く。 ガラス張りの廊下。一気に視界が広がった。 遠くに小さく大阪城が見え、さらに向こうにはぼんやりと大阪湾まで見えた。 「うわあ最高ですね」 思わずはしゃいだ声をだしてしまっていた。 「えぇこのフロアーに来るのが一番の楽しみですわ」 森野も子供の声で笑った。

ふたり並んでしばし眼下の視界を愉しんだ。 「シクラメンのかほり。。。何がありますの?」 つい訊いてしまった。だが 「えぇまぁ。そのうち」 森野はふたたび、あの“遠い目”を向け、静かに笑っただけだった。

北摂大、クラブセンターの視聴覚ルームを思い出させる会議室だった。 テーブルの上に、所属と名前を印字したプレートが置かれ、顔と所属が判別出来る。船場商事側は森野を入れ5名分の席だった。 田嶋総業の席、すでに中岡常務が座っていた。 「昨日はどうも、会社の方はまだ大丈夫ですの?あの取材騒ぎ」 「えぇ、今のところ。おそらく実際の所属は割れていないのでしょう。ですが時間の問題でしょうね」 「覚悟しておいた方が」 「はぁ。。。」中岡は深いため息をついた。 山根監督や鈴木圭子の顔が浮かんだ。 無事に乗り切っただろうか。なにより河本浩二本人が気になったが、 (いやいや彼の場合大丈夫だわさ、何と云っても大騒動を一番期待してのコトだろうから・・・)

「それでは ニューカジュアルブランド ”チャレンジスピリッツ”についての説明会を開催させて頂きます」 司会進行役の社員がマイクを握った。

つづく ※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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