小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その37

紹介のビデオが終わり、部屋に明かりが戻ると司会役の社員が再びマイクを握った。

「それではお手元の資料をご覧下さい、ただ今より補足説明をさせて頂きます」 「じゃがその前にや、森野っ」 VTRの再生中に入ってきた男が、声を上げた。女子社員に車椅子を押させ、入ってきたほどかなりご高齢の様子だが、取締役の森野を呼び捨てにした。それなりの地位なのだろう。声には張りがあった。 どことなく部屋の空気が”凛”となったようでもあった。

「は、副会長」森野は緊張ぎみに立ち上がった。 「スポーツブランドと聞いとったが、何時のまにカジュアルなんや。しかもただのカジュアルとちゃう。街のチンピラが好みそうな奴や。船場の名前に傷つかへんか」

「はぃ、ご説明申し上げます」 「いやワシもやが、そちらのお客さんにも解るようにやがな」 持っていた杖の先っちょを私たちに振り向けた。

「あ、どうも」横の中岡常務と同時に頭を下げる。 まさか。。。確かにビデオを見ながらなんとなく同じような違和感を抱いていたが、それを見抜いたと言うのだろうか。 「ではあらためまして、私の方から」 森野は司会の社員からマイクを受け取ると、演台に立った。


「チャレンジスピリッツ。10年ほど前ニューヨークで誕生したばかりの比較的歴史も浅いシューズメーカーではあります。が、好記録を連発させるほどの機能性の高さからすでに全米のアスリート界を席巻し、今やヨーロッパでもアスリート達を中心に人気が広がりつつあるスポーツブランドです。ですがそのままスポーツシューズに特化し日本での展開となると、どうしても市場的に無理が発生し。。。」

「何の無理や」 「えぇ日本では美津田とアシックツ、この二大先行メーカーの牙城は揺るぎないものが」 「そんなコト最初からわかっとるこっちゃ」 「えぇ切り崩しも当然視野に入れ、あれこれシミュレーション。調査結果をもとに検討も重ねてきました。ですが、全米と比較して圧倒的に不利なのは、我が国のスポーツ人口はまだまだ微々たるもの。やはり結論としてスポーツシューズだけではロイヤリティーに見合うだけの採算が得られずビジネスとして成り立たない。そう判断致しました。」

「いつ決めたんや」 「はっ先週の役員会で。。。確かクニミツ副会長もご出席されておられた筈かと」 「へーそうじゃったかいの。じゃ続きを」 「で、トレーナーやジャージ、キャップ、マフラーなどアパレルにも幅を広げ、トータルカジュアルファッションとしての位置づけを考えたのです」

「あっさりとまあ。スポーツから離れるんかいな」 「いえ、あくまでもスポーツ精神が基本です。でなければブランドを導入する意味など。今までにも過去の例、たとえばバスケットシューズ。もともとバスケットの激しい動きにも耐え、足首を保護出来るよう開発されたモノなのですが、今や街歩きのファッションとしても多くの若者の支持を得ています」

「ニューヨークの了解は得てるんか」 「えぇ、先週にようやく了承を得てきました」 「なるほどのう、じゃが」 「何でしょう」 「だからと言ってやな、さっき見たビデオ。あのダブダブのトレーナーに、裾がずり落ちたジャージパンツ。スポーツとはほど遠い。ありゃどう見ても”街のチンピラ、あいやチャラ男”や」

「あぁ、あのコトを仰ってられたのですか」 森野はようやく気づいたようだった。 「佐藤君、例の映像を」そう言ったあと 「実はその件にも関連する話なのですがあちらにお越しのお客様」と、私らを指し示した。

「あ、どうも」再び中岡常務と頭を下げる。 スクリーンに、テレビのニュース映像、河本浩二の昨日の模様が映し出された。 副会長は食い入るように見、 「おうこれこれ、昨日はワシも感動したがな。日本にも世界が狙える奴がおったんやな」 すかさず森野が 「ええ彼、河本浩二君にこのブランドのイメージキャラクターとして、是非にと考えております。先ほどのVTRはアメリカサイズをそのままウチの社員に着させて撮ったので確かに違和感があったと思います。もし河本さんに着ていただけるならば映えると思います。何せあの体格ですから。それより何より昨日の大記録。ニュースバリューとしても申し分ございません。何と云ってもモスクワの世界陸上出場も決定的だとか。機能性にも優れたチャレンジスピリッツのスパイクシューズ。勿論提供させていただきます。それで万一世界記録の達成の暁には、それはそれはもう計り知れないほどの宣伝効果が・・・」

「なるほどのう。じゃが彼は今や日本の英雄ぞ。うちなんかと契約など、ホンマに実現の見込みあるんか、あれば嬉しいがの」 「えぇですから私としましては是非とも何とかしたい。それで彼の所属先である田嶋総業役員の中岡様、そして今回の仕掛け人でもおられる寺島様のお力添えを賜りたく、本日の説明会を開かせていただいたのです」 森野は私らに向かって深々と頭を下げた。

すると中岡常務は 「どうかおまかせ下さい」と胸を張りながら立ち上った。

「遅れてすまんすまん」 言いながら高城が入ってきたのはちょうどその時だった。

※ 「あはは、そりゃあ、えーとクニマツ?。。。」 「国光副会長。。。」 「そうそう国光の爺さん。爺さんの計算上のことやがな、わはは」 高城は声をだして笑った。 「お下げします」 女の子が食べ終えた皿を片づけに来た。 「ホット頼むわ。。」言いながら高城は私らの顔を振り返った。 私と中岡が頷くと 「ほな、3つな」 「ホット珈琲三つですね。かしこまりました」 うやうやしくお辞儀し、去っていく子の背中を見送るや中岡常務は 「まさかあれは先方の芝居?」 呆れたような顔を高城に向けた。 「はは、話をきく限りそやがな。寺島さんはどう思う」 「えぇまぁ。そう云われれば確かに。それで納得する部分もあります」 どことなく茶番と云えば茶番な説明会だった。だが、森野常務の必死さはより伝わった気がする。

「で、ウチとしたら応援に決まったんやろ」 「高城社長、申しわけございません、私の一存で」 中岡のお辞儀はテーブルに頭をぶつけるかの勢いだった。 「いやいや中岡君、責めてはおらんがな。ワシも勿論賛成やがな。ただ。。」

「ただ。。何でしょう」安堵感の表情を向けながら中岡が訊いた。 「大学側と本人がどう出るかやな」 「ですね。あ、それよ り社長、ウチへの取材騒ぎへの対策もそろそろ」 「中岡君」 「あはい」 「こりゃあ思わぬチャンスやがな、ウチや白浜のええ宣伝になるでぇ」 そう云ったあと 豪快な高城の笑い声が静かな店内に響いた。

ポロロン・・・ (なんとか本日の記者会見 無事に乗り切りました♪) 鈴木圭子からのメール着信が来たのは 「珈琲お待たせしました」 女の子が持ってきたのと同時だった。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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