小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その38

仕事場を兼ねたマンションに戻って来たのは、午後3時を回っていた。ネクタイを解きながら留守電のチェック。つい昔からの習性で留守ボタンを押してしまうが、今どき固定電話への留守電などやはり何も録音されていない。上着を脱ぎ、顔と手を洗う為洗面所に立った。 リビングに戻りHDDレコーダーの電源を入れる。機種が古いのか立ち上がるのに時間がかかる。 ワイシャツを脱ぎ、いつものジャージに着替え終わる頃、ようやく再生スタンバイOKになった。

「さてと、無事に撮れてますように」 独り言をつぶやきながら、リモコンのボタンを上下左右と操作、朝のワイドショー番組を呼び出した。


スキップボタンに親指を乗せ待ちかまえていたが、 いきなりだった。CMが始まる前に 「それでは只今より、合同記者会見を開催させて頂きます」堂々とした鈴木圭子の声と同時に、河本浩二が映し出された。続いてカメラは河本の両脇に座る山根監督と三浦顧問を捉えた。おびただしい数のフラッシュが炸裂するなか(おはよう朝のグッディショー)タイトルバッグが画面一杯に広がった。。。

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関西実業団陸上競技会も無事終了し、男子陸上100の表彰式を兼ねた閉会式の最中だった。 「あのぅ。。」 鈴木は暗い表情を漂わせていた。 「え、どうされました?」 「あの取材攻勢を避ける妙案てないものでしょうか。明日からのコトを思うと」

群がる取材陣を指さし頭を抱え込んだ。 河本の日本記録すなわち9秒台突入という記録の達成。覚悟をしていたとは云うものの、競技場に殺到した報道陣の姿を目の当たりにし、戸惑いが芽生えたのだろう。 「大学に広報課て、ありましたよね。対応はそちらに任せてみては」 「えぇそのつもりです。でも」 「でも何です?」 「本来は受験生や高等学校の教師に向けた広報課なんです。マスコミが相手、しかも陸上について専門的なコトまでの対応はおそらく無理。どうしても監督や河本君も引っ張り出されるに違いないです」 彼女の表情は沈みこんだままだ。 無理もない。鈴木といえど、彼女もまだ学生だった。計り知れないほどの不安が渦巻いているのに違いない。

「なるほど。でもとりあえずは広報課に矢面に立ってもらうことですね。それと、へたに逃げるとより追いかけて来るもんです。むしろ積極的に応じるのも手です」 「えぇわかっては居るのですが、四六時中の取材攻勢を考えると。。。」 「あ、いえそうじゃなく、時間と場所をあらかじめ予告し、一カ所に彼らを集めるのです」 「なるほど合同記者会見」 少し彼女の顔に笑みが戻った。 「えぇ。手っとり早い、といやあ語弊出ますが、混乱を避ける方法の一つです。でないと、彼らは人の迷惑も考えず、のべつまくなく、押し寄せてきます」 昔の自分を想い出していた。 懐かしい気持ちが無いと云えば嘘になるが、あの頃に帰りたいとは思わない。

「寺島さんも同席いただけません?」 真剣な瞳で見つめられ、一瞬考え込んだが 「いや。まだまずいでしょう。第三者の私が最初から居るのもどうかと」 「ですよね」 云いながらうつむいた。 少しでも彼女の負担を軽くしてあげたいのは山々だが、いきなり部外者の私が同席するのも変だ。ただ、今後の成り行きによって取材に応じなければならない日が来るだろう。そう遠くないうちに。

「先手必勝とも云います。記者会見は一日でも早く済ました方が。出きれば明日の朝にでも」 「え、いきなりですか」 「でなければ、とめどなく彼らは押し寄せます」 「閉会式が済み次第、山根に相談します。このあと反省会の予定なのです」 「出きれば今日中にFAXなり、メールなりでマスメディアに流せれば良いのですが」 「今日中にですか?」 競技場の大時計は午後3時になろうとしていた。 「職員ら、学校には?」 「えぇ日曜のこの時間。おそらく警備員ぐらいしか。。ただあえて云うなら河本君に池田さんは大学職員です。あ、もちろん山根監督と三浦教授だって」 「あ、その方法があるじゃないですか。事務所に入り込み、ワープロ作成とかFAXやメール発信は可能ですよね」 希望の光が見えた気がした。 「はぃ、クラブセンター内の職員ルームが使えます。警備員は24時間ずっと居られますし」 「記者会見の会場もクラブセンターの大会議室、あそこが良いじゃないですか。決めちゃいましょう。何せ日本記録更新の会見です。文句はないでしょう」 「ですよね」 鈴木の顔がぱっと明るくなり、にこっと笑った。 「少し骨ですが、今日中に主だったマスコミにFAXを入れるのです、あ、いやメールが良いかも」 タイトルは(河本浩二並びに北摂大陸上部。記者会見のご案内)ずばり、これだけでも、いの一番に駆けつけてくるはずです。 「でもFAX番号とかアドレスは?」 「ネットの検索窓で”マスメディア関係連絡先”と打ち込めば出てきます。有り難いことに一覧表まで閲覧できるページまで用意してくれてるサイトもあります。メール送信ならコピペ、CCで一気に」 「なるほど」 鈴木の表情に明るさが完全に戻ったようだった。

そのあと私は彼女に、会場の具体的な設置方法。質問記者の眼をしっかり見ながら受け答えすること。それだけで相手の印象は変わる。。。などなど私の経験や知る限りのすべてをレクチャーしたのだった。

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エリート臭さが鼻につくような記者が質問に立ち上がった。

「**新聞のモトムラと申します。あれこれ調べてみても河本浩二さん。過去の陸上競技記録がまったく出て来ないんです。このあたりのご説明を賜れば幸いかと」

まったくそうだ。と云わんばかりに会場がざわめいた。

やはり、その質問から始まったか。そう思うと同時に

何と応えたのだろう。つい気になって早送りボタンを押していた。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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